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Honda NS250R
当時は気に留めていなかったが、まだフレームが細かった時代にもかかわらず
製造コスト的に結構リッチなリア・スイングアーム(鋳造?)が付いていたんだなと画像を見て思った。
>>123
確かに今の時代の方がウケるかもね。それと個人的な意見を言わせてもらうと
SW-1的な和み系のデザインで、さらにEV(電動車)+AT(オートマ)もしくはスズキが実証実験中のFCV(燃料電池車)だったら
価格の問題はさておき、今バイクに全く興味を示さない若者らにアピールし易いんじゃないかと。
それは、バイクみたいな形はしているが、メカメカしさや爆音、油臭さ、テクニック(=バイク好きが好む要素)が一切排除された
未来志向なのにどこか心和む乗り物として。(口やかましい先輩もいない全員が初心者で平等とハードルも下がるし)
それに便利で実用的だが罰ゲームみたいなデザインの現行国産スクーターよりも、ファッションに敏感なトレンドリーダー的若者は興味を示すと思うし、
そういう人達が闊歩し注目されている原宿や青山あたりの裏通りにもよく似合うと思う。
(実際は路面店をのぞく程度しか駐輪できないのだが…)
当時は気に留めていなかったが、まだフレームが細かった時代にもかかわらず
製造コスト的に結構リッチなリア・スイングアーム(鋳造?)が付いていたんだなと画像を見て思った。
>>123
確かに今の時代の方がウケるかもね。それと個人的な意見を言わせてもらうと
SW-1的な和み系のデザインで、さらにEV(電動車)+AT(オートマ)もしくはスズキが実証実験中のFCV(燃料電池車)だったら
価格の問題はさておき、今バイクに全く興味を示さない若者らにアピールし易いんじゃないかと。
それは、バイクみたいな形はしているが、メカメカしさや爆音、油臭さ、テクニック(=バイク好きが好む要素)が一切排除された
未来志向なのにどこか心和む乗り物として。(口やかましい先輩もいない全員が初心者で平等とハードルも下がるし)
それに便利で実用的だが罰ゲームみたいなデザインの現行国産スクーターよりも、ファッションに敏感なトレンドリーダー的若者は興味を示すと思うし、
そういう人達が闊歩し注目されている原宿や青山あたりの裏通りにもよく似合うと思う。
(実際は路面店をのぞく程度しか駐輪できないのだが…)
Kawasaki KR250
ブーム初期の製品なのでレプリカにしては高いハンドル位置がスタイル的に残念だが、
水冷のタンデム2気筒から伸びた2本のエキゾーストを片側に集中させた左右非対称のレイアウトがクールでカッコ良く
独特の個性があった。
ところでKR250と言えば、本掲示板に出入りしていたこの方↓はその後どうしているだろうか?
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1419246095/16...
ブーム初期の製品なのでレプリカにしては高いハンドル位置がスタイル的に残念だが、
水冷のタンデム2気筒から伸びた2本のエキゾーストを片側に集中させた左右非対称のレイアウトがクールでカッコ良く
独特の個性があった。
ところでKR250と言えば、本掲示板に出入りしていたこの方↓はその後どうしているだろうか?
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1419246095/16...
スズキ グラストラッカー
一部リアフレームの手直しはあったが↓ボルティーの単なる衣替えにしては、中々いい雰囲気を醸し出してたな。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/11...
(そういえば、ロンスイのビッグボーイってのもあったっけ)
一部リアフレームの手直しはあったが↓ボルティーの単なる衣替えにしては、中々いい雰囲気を醸し出してたな。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/11...
(そういえば、ロンスイのビッグボーイってのもあったっけ)
アプリリア RS250
イタリア製の2スト・レーサーレプリカだが、エンジンはスズキから供給されたRGVガンマのV型2気筒250ccがベース。
尚、同じエンジンでも、国内の自主規制で45psから94年以降40psまで下げられていた最高出力は、野に放たれた状態の70ps。
一説には85psの発生も可能だったとか。(自分には無用のハイパワーだが、中には羨ましいと感じる人もいるのでは?)
また、国内のレプリカが進化を止めた後の'94年登場という事もあり、見た目にもフレームやスイングアームなど、より戦闘的で迫力がある感じ。
因みに、画像は前期型(LD)で、後期型(LDA)はGP250で一時主流だったお尻が垂れ下がり全体に丸みを帯びた形のこちら↓
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/20...
(環境規制も始まりスズキがエンジン供給を止めた2003年まで製造されたらしい)
イタリア製の2スト・レーサーレプリカだが、エンジンはスズキから供給されたRGVガンマのV型2気筒250ccがベース。
尚、同じエンジンでも、国内の自主規制で45psから94年以降40psまで下げられていた最高出力は、野に放たれた状態の70ps。
一説には85psの発生も可能だったとか。(自分には無用のハイパワーだが、中には羨ましいと感じる人もいるのでは?)
また、国内のレプリカが進化を止めた後の'94年登場という事もあり、見た目にもフレームやスイングアームなど、より戦闘的で迫力がある感じ。
因みに、画像は前期型(LD)で、後期型(LDA)はGP250で一時主流だったお尻が垂れ下がり全体に丸みを帯びた形のこちら↓
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/20...
(環境規制も始まりスズキがエンジン供給を止めた2003年まで製造されたらしい)
原付だとスピードが出すぎるとそれに耐えられる構造ではないとか言う馬鹿は250で80馬力も出してる事に何も言わないんだな(^_^)
比較しても条件的に同じ様なものだが。
比較しても条件的に同じ様なものだが。
Suzuki T20
高性能な250ccロードスポーツとして名乗りを上げたホンダCB72やヤマハYDS1に対抗するため、出遅れていたスズキが開発した2スト2気筒の250。(1965年発売)
ピストン・バルブ方式のエンジンはライバル達を上回る25psを絞り出し、市販車初の6段ミッションとも相まって最高速度は160?/h。
アメリカの専門誌サイクル・ワールドが“500?クラスに劣らない高性能車が登場した”と報ずる程、当時世界一速い250?ロードスポーツだったという。
(今なら2ストなんだからCBを上回って当然と思うだろうが、その2スト各社が躍起になるほどホンダ4ストエンジンの高出力ぶりは凄まじかった)
ところで、画像にあるコンパクトにまとめたメーターも特徴的で、特に日本人設計者ならではな積算計のレイアウトが非常にユニーク。
なお余談だが、↓このマシンの改造ベース車輌という事で、上記経緯とは別にT20は個人的な強い思い入れがある。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250095.jp...
高性能な250ccロードスポーツとして名乗りを上げたホンダCB72やヤマハYDS1に対抗するため、出遅れていたスズキが開発した2スト2気筒の250。(1965年発売)
ピストン・バルブ方式のエンジンはライバル達を上回る25psを絞り出し、市販車初の6段ミッションとも相まって最高速度は160?/h。
アメリカの専門誌サイクル・ワールドが“500?クラスに劣らない高性能車が登場した”と報ずる程、当時世界一速い250?ロードスポーツだったという。
(今なら2ストなんだからCBを上回って当然と思うだろうが、その2スト各社が躍起になるほどホンダ4ストエンジンの高出力ぶりは凄まじかった)
ところで、画像にあるコンパクトにまとめたメーターも特徴的で、特に日本人設計者ならではな積算計のレイアウトが非常にユニーク。
なお余談だが、↓このマシンの改造ベース車輌という事で、上記経緯とは別にT20は個人的な強い思い入れがある。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250095.jp...
Harley-Davidson Aermacchi Sprint
'60〜70年代に掛けてハーレーにあったOHV単気筒250cc(と350)の小型車なのだが、当時実際に設計、製造を担っていたのは
当初ハーレーからの資本協力を受け、後に買収されたイタリアのアエルマッキ社。
(現在二輪部門は消滅。買収に含まれなかった本業の航空機製造は継続中で、第二次大戦の頃はイタリアの主力戦闘機を作っていた)
尚、60年代の初代型はカラーリングなど典型的なイタリア製バイクといった愛らしい雰囲気だったが、買収後に変更を受けた70年代のモデル(画像右の青車)は
タンク形状やフレーム、マフラー、配色など、大きなVツイン・ハーレーの要素を入れたスタイルへと移行している。
(個人的には、このサイズなら「ゆるい感じ」がいい初代型の方が好み)
'60〜70年代に掛けてハーレーにあったOHV単気筒250cc(と350)の小型車なのだが、当時実際に設計、製造を担っていたのは
当初ハーレーからの資本協力を受け、後に買収されたイタリアのアエルマッキ社。
(現在二輪部門は消滅。買収に含まれなかった本業の航空機製造は継続中で、第二次大戦の頃はイタリアの主力戦闘機を作っていた)
尚、60年代の初代型はカラーリングなど典型的なイタリア製バイクといった愛らしい雰囲気だったが、買収後に変更を受けた70年代のモデル(画像右の青車)は
タンク形状やフレーム、マフラー、配色など、大きなVツイン・ハーレーの要素を入れたスタイルへと移行している。
(個人的には、このサイズなら「ゆるい感じ」がいい初代型の方が好み)
Kawasaki GPZ250R
>>118の先代に当たるモデルでエンジンも同じだが、'85年に本車で開発された水冷ツインは基本設計を同じくしたまま
現代のNinja250Rまで引き継がれるというスポーツ系では非常に息の長いエンジンとなった。
ホンダVT系のVツインの様に各世代でヒットとはいかなかったので目立たないが、名機と言えるのかも。
尚、デザインは当時一部で話題となったエグリ・ターゲットType-J↓(ホンダXR600エンジン)を一部模倣した様なスタイル。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250096.jp...
だがアレンジを間違えたのか、自分の周りでは「ひよこ」とあだ名される様なフェミニンな印象で、
名前は兄弟のようなGPZ400Rが醸し出していた「カワサキ」ファンの求める物とはかけ離れている感じが残念だった。
>>118の先代に当たるモデルでエンジンも同じだが、'85年に本車で開発された水冷ツインは基本設計を同じくしたまま
現代のNinja250Rまで引き継がれるというスポーツ系では非常に息の長いエンジンとなった。
ホンダVT系のVツインの様に各世代でヒットとはいかなかったので目立たないが、名機と言えるのかも。
尚、デザインは当時一部で話題となったエグリ・ターゲットType-J↓(ホンダXR600エンジン)を一部模倣した様なスタイル。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250096.jp...
だがアレンジを間違えたのか、自分の周りでは「ひよこ」とあだ名される様なフェミニンな印象で、
名前は兄弟のようなGPZ400Rが醸し出していた「カワサキ」ファンの求める物とはかけ離れている感じが残念だった。
Kawasaki 250 A1S
スクランブラー仕様だったコレ↓のロードモデルA1Sの後期型(型式名A1B)で、マッハIII似の燃料タンクやカラーリングが変更されていた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1495936878/18...
スクランブラー仕様だったコレ↓のロードモデルA1Sの後期型(型式名A1B)で、マッハIII似の燃料タンクやカラーリングが変更されていた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1495936878/18...
Honda VT250F
大変にヒットした初代のVT。そのヒットの理由としてVツインエンジン素性の良さや乗り易さなどをよく言われるが、
何といっても単純に工業製品としての出来の良さが際立っていたと思う。
角型ヘッドライトにビルトインフラッシャーのモダンなデザインのフロントカウルやコンビネーションされたテールライト&フラッシャー。
アルミ地に輝くコムスターホイールに未来感漂う新採用のインボードディスクなど挙げれば切りが無いが、
それらが示す「高い品質感や新しさ」は完全に同クラスの他車(特にRZ250R)を凌駕する出来栄えで、
「これが売れない訳がない」と納得せざるを得ない程インパクトがあるものだった
大変にヒットした初代のVT。そのヒットの理由としてVツインエンジン素性の良さや乗り易さなどをよく言われるが、
何といっても単純に工業製品としての出来の良さが際立っていたと思う。
角型ヘッドライトにビルトインフラッシャーのモダンなデザインのフロントカウルやコンビネーションされたテールライト&フラッシャー。
アルミ地に輝くコムスターホイールに未来感漂う新採用のインボードディスクなど挙げれば切りが無いが、
それらが示す「高い品質感や新しさ」は完全に同クラスの他車(特にRZ250R)を凌駕する出来栄えで、
「これが売れない訳がない」と納得せざるを得ない程インパクトがあるものだった
Suzuki DR250SH
DR250Sは油冷の単気筒で当時クラス唯一の倒立フォークを採用。4stながらもハード系のオフロード車だったが、
このSHはHi/Loで車高を変える事ができる車高調整機能付きだった。
シート高でHi側が870mm〜Lo側の825mmと5cm近い調整ができ、しかも車高調無しのモデル(S)からわずか1kg増で済んでいた。
大半が短足の日本人には嬉しい装備だったのだが、カスタマー(顧客)から「一回セッティングしたら変えないから不要」と思われたのか、
あまり売れずにこの機能もこれっきりになってしまった。
個人的には、1kg増くらいだったらコンペ用以外のもっと多くのモデルに普及してもいいと思うんだけど…
DR250Sは油冷の単気筒で当時クラス唯一の倒立フォークを採用。4stながらもハード系のオフロード車だったが、
このSHはHi/Loで車高を変える事ができる車高調整機能付きだった。
シート高でHi側が870mm〜Lo側の825mmと5cm近い調整ができ、しかも車高調無しのモデル(S)からわずか1kg増で済んでいた。
大半が短足の日本人には嬉しい装備だったのだが、カスタマー(顧客)から「一回セッティングしたら変えないから不要」と思われたのか、
あまり売れずにこの機能もこれっきりになってしまった。
個人的には、1kg増くらいだったらコンペ用以外のもっと多くのモデルに普及してもいいと思うんだけど…
片山産業 オリンパス クラウン
中京地区名古屋で活動した片山産業の2気筒"オリンパス"(ギリシャのオリンポスから命名)
125〜150ccのOHVエンジンを搭載した小型バイクを得意としてたが、本車は250cc2ストロークのシャフトドライブ。
水平対向ツインは16馬力を発生し、最高速度116km/hと'59年当時のクラス最速を記録している。
↓2ストとは思えない野太いサウンドです。
https://www.youtube.com/watch?v=MWN1uv1GKO...
中京地区名古屋で活動した片山産業の2気筒"オリンパス"(ギリシャのオリンポスから命名)
125〜150ccのOHVエンジンを搭載した小型バイクを得意としてたが、本車は250cc2ストロークのシャフトドライブ。
水平対向ツインは16馬力を発生し、最高速度116km/hと'59年当時のクラス最速を記録している。
↓2ストとは思えない野太いサウンドです。
https://www.youtube.com/watch?v=MWN1uv1GKO...
RZ250
Kawasaki Balius II
93年の業界自主規制で最高出力45psから40psへの引き下げがあった際にマイナーチェンジされて「II」となったバリオス。
ほとんど同じに見える外観なのに一番違ったのがリアサスで、初代↓のモノショックから2本サスに変えられていた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/9...
通常は、>>26→>>121や最新YZF-R6の様にシャーシ(骨格関係)には手を加えず外観イメージだけを変えるのが一般的だし、
サス・メカニズムの変遷から見ても“逆”の進化で、あまり常識的ではないマイナーチェンジだったが、
初代に中々の人気があった上にゼファーをはじめとするレトロブームだった事もあり、どちらかと言えば「歓迎ムード」を感じたな。
(不思議な事にデザイン的な違和感も無かった)
又、この変更のおかげでシートの下に小さいながらも物入れが追加され便利になるなど、2007年まで初代から16年間も販売されるロングセラーとなっていた。
(因みにスズキへOEMで供給しGSX250FXとして販売されていたのは、この「II」の方)
93年の業界自主規制で最高出力45psから40psへの引き下げがあった際にマイナーチェンジされて「II」となったバリオス。
ほとんど同じに見える外観なのに一番違ったのがリアサスで、初代↓のモノショックから2本サスに変えられていた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/9...
通常は、>>26→>>121や最新YZF-R6の様にシャーシ(骨格関係)には手を加えず外観イメージだけを変えるのが一般的だし、
サス・メカニズムの変遷から見ても“逆”の進化で、あまり常識的ではないマイナーチェンジだったが、
初代に中々の人気があった上にゼファーをはじめとするレトロブームだった事もあり、どちらかと言えば「歓迎ムード」を感じたな。
(不思議な事にデザイン的な違和感も無かった)
又、この変更のおかげでシートの下に小さいながらも物入れが追加され便利になるなど、2007年まで初代から16年間も販売されるロングセラーとなっていた。
(因みにスズキへOEMで供給しGSX250FXとして販売されていたのは、この「II」の方)
スズキ コレダ ツインエース 250TA
2スト2気筒18馬力の250ccで、本車の特徴はバイク初搭載と言われている前後連動型の油圧式ドラムブレーキシステム。
フットブレーキで四輪自動車並みに前後輪に制動力が掛り停まる機能で、
制動力の配分は前後で5:9と、リアブレーキ重視なのが当時の道路事情を物語る。
ただ、大袈裟な割に強い優位性が無かったらしく改良モデルでは通常の方式に直されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=0gsu-5mVal...
尚、画像の左下は、タンクからサイドカバーへと連続した特徴が250より顕著な、弟分のコレダ125。
2スト2気筒18馬力の250ccで、本車の特徴はバイク初搭載と言われている前後連動型の油圧式ドラムブレーキシステム。
フットブレーキで四輪自動車並みに前後輪に制動力が掛り停まる機能で、
制動力の配分は前後で5:9と、リアブレーキ重視なのが当時の道路事情を物語る。
ただ、大袈裟な割に強い優位性が無かったらしく改良モデルでは通常の方式に直されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=0gsu-5mVal...
尚、画像の左下は、タンクからサイドカバーへと連続した特徴が250より顕著な、弟分のコレダ125。
Yamaha TY250Z Scottish
トライアル競技専用車TY250Zに必要最低限の保安部品を装着した、いわゆるトライアル・レーサーレプリカのスコティッシュ。
といってもほぼレーサーで、燃料タンクは4.5Lしか入らないし、全6速のミッションは3速ですら250クラスの1速並という超ローギアード設定。
(5,6速は移動用で並のギア比になってるが)
ステップとの距離が異様に近いシートも当然「座る」前提で設計されている訳もなく、水冷2st250から発生するパワーもトライアル用なので15psしかない。
それでもツインスパーのフレームとスイングアームはコンペティティブなアルミ製という事もあり、
価格はTT250Rレイドの49万円を上回る66万円と、とても高価だった。
トライアルレースをする人はレーサー(TY250Z)を買って四輪のトランスポーターでレース場に運ぶと思うので、
「これは一体誰が買うのだろう?」って感じの超マニア向けな代物。
1994年の発売はバイクブームもそろそろ下火になりかけている頃で、ヤマハはよく作ったものだなと思う。
トライアル競技専用車TY250Zに必要最低限の保安部品を装着した、いわゆるトライアル・レーサーレプリカのスコティッシュ。
といってもほぼレーサーで、燃料タンクは4.5Lしか入らないし、全6速のミッションは3速ですら250クラスの1速並という超ローギアード設定。
(5,6速は移動用で並のギア比になってるが)
ステップとの距離が異様に近いシートも当然「座る」前提で設計されている訳もなく、水冷2st250から発生するパワーもトライアル用なので15psしかない。
それでもツインスパーのフレームとスイングアームはコンペティティブなアルミ製という事もあり、
価格はTT250Rレイドの49万円を上回る66万円と、とても高価だった。
トライアルレースをする人はレーサー(TY250Z)を買って四輪のトランスポーターでレース場に運ぶと思うので、
「これは一体誰が買うのだろう?」って感じの超マニア向けな代物。
1994年の発売はバイクブームもそろそろ下火になりかけている頃で、ヤマハはよく作ったものだなと思う。
メグロ SG (カワサキ250SG)
目黒製作所がカワサキへ移行直後の1964年12月から69年まで販売した、メグロブランドで最期となったモデル。
初期型はメグロブランドとしてエンブレムもメグロウイングだったが、後期型はカワサキフラッグのエンブレムをまとい「カワサキ250SG」と改名。
画像車はファイル名がMeguroだったが、タンクのエンブレムから↓カワサキ色を強めた後期型のカワサキ250SGだと思う。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250097.jp...
エンジンは、左シフトの単気筒250ccで当時すでに古典的と言われていたOHVだったが、従来型から4psアップの最高出力18psは
高速道路時代の250クラスとして十分な性能を備えていた。
尚、1964年の発売と言えばホンダCB72が出た3年後で、当初からすでにクラシカルな雰囲気だったが、
5年間ものロングラン販売を記録するなどもあって、メグロのバイクとしてはとても多くの現役車が残るモデルなのだそうだ。
因みに、本画像は外国のサイトから拝借したものだが、こちら↓は日本に生息する正真正銘の「メグロSG」
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1492142990/9...
目黒製作所がカワサキへ移行直後の1964年12月から69年まで販売した、メグロブランドで最期となったモデル。
初期型はメグロブランドとしてエンブレムもメグロウイングだったが、後期型はカワサキフラッグのエンブレムをまとい「カワサキ250SG」と改名。
画像車はファイル名がMeguroだったが、タンクのエンブレムから↓カワサキ色を強めた後期型のカワサキ250SGだと思う。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250097.jp...
エンジンは、左シフトの単気筒250ccで当時すでに古典的と言われていたOHVだったが、従来型から4psアップの最高出力18psは
高速道路時代の250クラスとして十分な性能を備えていた。
尚、1964年の発売と言えばホンダCB72が出た3年後で、当初からすでにクラシカルな雰囲気だったが、
5年間ものロングラン販売を記録するなどもあって、メグロのバイクとしてはとても多くの現役車が残るモデルなのだそうだ。
因みに、本画像は外国のサイトから拝借したものだが、こちら↓は日本に生息する正真正銘の「メグロSG」
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1492142990/9...
Honda FTR250 (後の223じゃない方)
アメリカで人気のフラットトラック(ダートトラック)レース用に
XLV750Rエンジンをベースに作られたファクトリーマシン↓RS750Dをモチーフにしたフラットトラッカー風バイク。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1475469451/21...
「風」としたのは、本物(フラットトラッカー)はフロントブレーキが無く左右のステップ位置が全然違うからなのだが、
そんな事はどうでも良くて、元になったRS750Dのカッコ良さが微塵も無いデザインに凄〜〜く歯痒い残念な思いだった。
(タンクが米粒状の変な形にされ小さくなったのに、真四角のゼッケンプレートは逆に大きくなるなどバランスが悪かった)
ダートの雰囲気には乏しかったが、せめて先輩のFT400↓やVT500↓↓の両アスコット兄貴達が持っていた硬派な感じだけでも踏襲して欲しかったなぁと。
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14959368780193.jp...
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14959368780076.jp...
因みに、NSR250RやCBR、VFRなどのレプリカで採用していた表皮とウレタンを一体成型したシートを最初に量産化したのはこのFTR。
後ろの白いピリオン側のシートがそれで、新製法を用いてRS750Dのシートカウル風に見せるアイデアは面白かったが、
しばらく使うと汚れで変色し他の白いパーツと色が合わなくなったり破れやすいなど、アイデア倒れな感じは否めなかった。
(その反省か後のFTR223ではシートを普通の製法に戻していた)
アメリカで人気のフラットトラック(ダートトラック)レース用に
XLV750Rエンジンをベースに作られたファクトリーマシン↓RS750Dをモチーフにしたフラットトラッカー風バイク。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1475469451/21...
「風」としたのは、本物(フラットトラッカー)はフロントブレーキが無く左右のステップ位置が全然違うからなのだが、
そんな事はどうでも良くて、元になったRS750Dのカッコ良さが微塵も無いデザインに凄〜〜く歯痒い残念な思いだった。
(タンクが米粒状の変な形にされ小さくなったのに、真四角のゼッケンプレートは逆に大きくなるなどバランスが悪かった)
ダートの雰囲気には乏しかったが、せめて先輩のFT400↓やVT500↓↓の両アスコット兄貴達が持っていた硬派な感じだけでも踏襲して欲しかったなぁと。
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14959368780193.jp...
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14959368780076.jp...
因みに、NSR250RやCBR、VFRなどのレプリカで採用していた表皮とウレタンを一体成型したシートを最初に量産化したのはこのFTR。
後ろの白いピリオン側のシートがそれで、新製法を用いてRS750Dのシートカウル風に見せるアイデアは面白かったが、
しばらく使うと汚れで変色し他の白いパーツと色が合わなくなったり破れやすいなど、アイデア倒れな感じは否めなかった。
(その反省か後のFTR223ではシートを普通の製法に戻していた)
昌和製作所 クルーザー SC57型
メグロとも関係が深かった昌和(しょうわ)は静岡県沼津市にあったメーカーで、
OHCエンジンやスイングアームをいち早く取り入れるなど技術力も高く、1954年には生産台数ベストテンに名を連ねるほどだった。
1957年のSC57は、あえて実用性に徹して選択したサイドバルブの4スト単気筒250ccで、10ps/5500rpmとしながらも、
冷却効率を高めるためシリンダーヘッドのフィンを前方開きの斜め配置とし、フライホイールマグネットにファンを設けて
シリンダおよびエキゾーストポートを強制空冷としている。(右側クランクケースカバー中心部のスリットがエア吸入口と推測)
フレームは独特の(DKWが得意だった)スパインフレームと鋼板プレスの合成型で、フロントはアールズフォークを採用。
重量物を積載しての運搬でも疲れが少ないバイクだったという。
そして良心的な造りで定評があったクルーザーだったが、スズキやヤマハなど後発メーカーがデビューさせた2ストツイン高性能エンジンの前に
実用一転張りのクルーザーは、もはや時代遅れの感もあり会社は一度倒産するが、'60年にヤマハの傘下に入り今日もヤマハの重要な一翼を担っている。
因みに、画像車は米アラバマ州にあるバーバー・モーターサイクル博物館の所蔵品で、日本に駐留していた米軍兵士が持ち帰った物らしいが、
いくら検索しても他にクルーザーSC57の現車画像は見つからなかったので、かなりの希少品と思われる。
(個人的には燃料タンクがスマートで綺麗な形だなと思う)
メグロとも関係が深かった昌和(しょうわ)は静岡県沼津市にあったメーカーで、
OHCエンジンやスイングアームをいち早く取り入れるなど技術力も高く、1954年には生産台数ベストテンに名を連ねるほどだった。
1957年のSC57は、あえて実用性に徹して選択したサイドバルブの4スト単気筒250ccで、10ps/5500rpmとしながらも、
冷却効率を高めるためシリンダーヘッドのフィンを前方開きの斜め配置とし、フライホイールマグネットにファンを設けて
シリンダおよびエキゾーストポートを強制空冷としている。(右側クランクケースカバー中心部のスリットがエア吸入口と推測)
フレームは独特の(DKWが得意だった)スパインフレームと鋼板プレスの合成型で、フロントはアールズフォークを採用。
重量物を積載しての運搬でも疲れが少ないバイクだったという。
そして良心的な造りで定評があったクルーザーだったが、スズキやヤマハなど後発メーカーがデビューさせた2ストツイン高性能エンジンの前に
実用一転張りのクルーザーは、もはや時代遅れの感もあり会社は一度倒産するが、'60年にヤマハの傘下に入り今日もヤマハの重要な一翼を担っている。
因みに、画像車は米アラバマ州にあるバーバー・モーターサイクル博物館の所蔵品で、日本に駐留していた米軍兵士が持ち帰った物らしいが、
いくら検索しても他にクルーザーSC57の現車画像は見つからなかったので、かなりの希少品と思われる。
(個人的には燃料タンクがスマートで綺麗な形だなと思う)
Kawasaki ZXR250
ZXRは、250クラスの4スト4気筒レプリカの最後発だっただけに気合が入っていた。
これ用に新開発したコンパクトなサイドカムチェーンのエンジンは、ややピーキーで
高回転域で弾けるようなパワーフィーリングが特徴だったし、
クラス初の倒立フォーク採用やレース対応のRも同時にラインアップするなど
初心者や女性ユースも意識した他社よりもややハードな趣があった。
また、フレームやトップブリッジなどアルミパーツのクオリティが非常に高かったが、
その割には他社と値段があまり変わらなかったのが魅力でもあり不思議だった。
結局それって「船舶・鉄道車両・航空機などを主業務としている川崎重工業株式会社」という
元々金属の発注量が半端ない会社だからかな?なんて思ってた。
(新型通勤車輌の金属調達の際にバーターでバイク用も注文する…みたいな)
個人的には、ハンドル上部の武骨なエアインテイク・ダクトが、いかにもレーサーの装備っぽくて
フェチズムにも近い魅力を感じてた。
ZXRは、250クラスの4スト4気筒レプリカの最後発だっただけに気合が入っていた。
これ用に新開発したコンパクトなサイドカムチェーンのエンジンは、ややピーキーで
高回転域で弾けるようなパワーフィーリングが特徴だったし、
クラス初の倒立フォーク採用やレース対応のRも同時にラインアップするなど
初心者や女性ユースも意識した他社よりもややハードな趣があった。
また、フレームやトップブリッジなどアルミパーツのクオリティが非常に高かったが、
その割には他社と値段があまり変わらなかったのが魅力でもあり不思議だった。
結局それって「船舶・鉄道車両・航空機などを主業務としている川崎重工業株式会社」という
元々金属の発注量が半端ない会社だからかな?なんて思ってた。
(新型通勤車輌の金属調達の際にバーターでバイク用も注文する…みたいな)
個人的には、ハンドル上部の武骨なエアインテイク・ダクトが、いかにもレーサーの装備っぽくて
フェチズムにも近い魅力を感じてた。
ホンダ ドリーム SA型
C70(>>93)の2年前1955年の発売で、単気筒ながらホンダ初のOHCエンジン搭載車。
(画像左上、当時のチラシには「空冷四サイクル頭上カム式」とある)
前輪サスはテレスコピックとし、フレームはNSU(西ドイツ)やプフ(オーストリア)に似ていたがプレスバックボーンを採用。
車体の大型化やエンジンの高出力化を望む声に応えて持てる技術を駆使し、
246cc最高出力14hp/6000rpmで4速ミッション、最高速度100km/hという高速車設計としていた。
だが、車重が174kgと重く、スズキコレダ(>>153前身)などの2スト250勢に軽快性ではかなわなかったという。
尚、ウインカー(方向指示器)が付いて無いが、ホンダに限らず
この時代のバイクは手信号(左折は左手を水平に伸ばし、そこから前腕を90°上げると右折など)で乗車していた。
C70(>>93)の2年前1955年の発売で、単気筒ながらホンダ初のOHCエンジン搭載車。
(画像左上、当時のチラシには「空冷四サイクル頭上カム式」とある)
前輪サスはテレスコピックとし、フレームはNSU(西ドイツ)やプフ(オーストリア)に似ていたがプレスバックボーンを採用。
車体の大型化やエンジンの高出力化を望む声に応えて持てる技術を駆使し、
246cc最高出力14hp/6000rpmで4速ミッション、最高速度100km/hという高速車設計としていた。
だが、車重が174kgと重く、スズキコレダ(>>153前身)などの2スト250勢に軽快性ではかなわなかったという。
尚、ウインカー(方向指示器)が付いて無いが、ホンダに限らず
この時代のバイクは手信号(左折は左手を水平に伸ばし、そこから前腕を90°上げると右折など)で乗車していた。
Yamaha GX250 (マフラーとアンコ抜きされたシート以外はオリジナルに近い)
他社が4ストの市場を拡大する中、2ストしか駒が無かったヤマハが、1977年ミドル以下クラスに初めて400と共に投入した4ストスポーツ車。
兄貴分GX400のボアを14mm小さくした新設計の空冷OHCツイン(2バルブ)は当時普通レベルの最高出力25phだったが、
これを非常に独特な直線的デザインのカフェレーサー風ボディに搭載(400も同じ)。
だが、このデザインが全く持って不評で、1年後の78年にはマイナーチェンジして↓こういう姿に変貌(400も同じ)。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250099.jp...
後先が逆なんじゃないか?というくらい古典的スタイルになったが、後期型の方が販売数は伸びていた。
(エンジン以外が400と共通の250は車重が163kgと重く、相対的な人気度は今一つだった)
変わり種が好きな自分としては、グラフィックパターンも斬新だった初期型は嫌いじゃなかったのだが、
今も昔も急激な変化を好まない、割と保守的なライダーの嗜好を考えればしょうがないかなぁ…とも思う。
他社が4ストの市場を拡大する中、2ストしか駒が無かったヤマハが、1977年ミドル以下クラスに初めて400と共に投入した4ストスポーツ車。
兄貴分GX400のボアを14mm小さくした新設計の空冷OHCツイン(2バルブ)は当時普通レベルの最高出力25phだったが、
これを非常に独特な直線的デザインのカフェレーサー風ボディに搭載(400も同じ)。
だが、このデザインが全く持って不評で、1年後の78年にはマイナーチェンジして↓こういう姿に変貌(400も同じ)。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250099.jp...
後先が逆なんじゃないか?というくらい古典的スタイルになったが、後期型の方が販売数は伸びていた。
(エンジン以外が400と共通の250は車重が163kgと重く、相対的な人気度は今一つだった)
変わり種が好きな自分としては、グラフィックパターンも斬新だった初期型は嫌いじゃなかったのだが、
今も昔も急激な変化を好まない、割と保守的なライダーの嗜好を考えればしょうがないかなぁ…とも思う。
GSX250S カタナ
本来は1100が欲しいのだが「諸事情によりコレになってます」的な250は、それほど好きではないのだが、
唯一、400は元より1100にも無い魅惑的なポイントがあって、それはプロトタイプ↓にやっと近くになったマフラー。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250100.jp...
上リンク車は1980年8月にドイツのケルンにあるターゲットデザインからスズキ本社に届いたデザイン・モックアップで
当時ターゲットに在籍していたハンス・ムート(BMWの四輪部門にいた経緯もあるデザイナー)が手掛けた物。
スズキは、デザインを依頼する時にあまり期待していなかったらしいが、これが届いて見た時に衝撃を受け
「これは何としても製品化せねばならん!」と量産化に向け動いたという。
普通はデザイナーが勝手に作った物というのは、夢の部分が多く機能性や生産性などそのまま製品にするのが難しいものだが、
かなりモックアップに近い形で量産出来たのは、ハンス・ムートの「このくらいなら生産できるハズ」というプロダクト・センスと
ホンダに負けたくなかったスズキの努力という奇跡のマッチングがあったのだと思う。
それでも幾つかは、量産型で違ってしまった部分があって、自分が一番残念と思ってたのがエキゾーストとマフラー。
250で実現した時は「スズキやるじゃん」と思い、「1100は無理でも、せめて400もこれで」なんて身勝手な欲もかいていた。
「後で社外品つけりゃぁエエやん」って話もあろうが、最初から(1100ではない)オリジナルの姿と近い事に意義があると思ってたので。
本来は1100が欲しいのだが「諸事情によりコレになってます」的な250は、それほど好きではないのだが、
唯一、400は元より1100にも無い魅惑的なポイントがあって、それはプロトタイプ↓にやっと近くになったマフラー。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250100.jp...
上リンク車は1980年8月にドイツのケルンにあるターゲットデザインからスズキ本社に届いたデザイン・モックアップで
当時ターゲットに在籍していたハンス・ムート(BMWの四輪部門にいた経緯もあるデザイナー)が手掛けた物。
スズキは、デザインを依頼する時にあまり期待していなかったらしいが、これが届いて見た時に衝撃を受け
「これは何としても製品化せねばならん!」と量産化に向け動いたという。
普通はデザイナーが勝手に作った物というのは、夢の部分が多く機能性や生産性などそのまま製品にするのが難しいものだが、
かなりモックアップに近い形で量産出来たのは、ハンス・ムートの「このくらいなら生産できるハズ」というプロダクト・センスと
ホンダに負けたくなかったスズキの努力という奇跡のマッチングがあったのだと思う。
それでも幾つかは、量産型で違ってしまった部分があって、自分が一番残念と思ってたのがエキゾーストとマフラー。
250で実現した時は「スズキやるじゃん」と思い、「1100は無理でも、せめて400もこれで」なんて身勝手な欲もかいていた。
「後で社外品つけりゃぁエエやん」って話もあろうが、最初から(1100ではない)オリジナルの姿と近い事に意義があると思ってたので。
宮田製作所 アサヒ・ゴールデンビーム FA
東京大田区にあった日本最初の自転車メーカーである宮田製作所(現:神奈川県茅ヶ崎市、モリタ宮田工業)は、
戦前からアサヒなどのブランド名でオートバイを製造していたが、
この「ゴールデンビーム FA」は1952年に発売された4スト249ccの単気筒モデル。
出力6.3馬力のサイドバルブを採用したエンジンは信頼性が高く、
長年にわたり自転車を製造してきた技術によって鋼管組み立て式のフレームは堅牢で、
故障が少ない実用車として人気が高かったという。 (オートバイ生産は1962年まで行っていた)
子供の頃バスに付いていた記憶はあるが、緑色の車輌には方向指示器としてアポロウインカー(矢羽式方向指示器)が付いている。
(直進時は赤い矢の部分が下向きに畳まれ隠されていて、方向指示時に横に90°開き目立つ赤が表れる仕掛け)
東京大田区にあった日本最初の自転車メーカーである宮田製作所(現:神奈川県茅ヶ崎市、モリタ宮田工業)は、
戦前からアサヒなどのブランド名でオートバイを製造していたが、
この「ゴールデンビーム FA」は1952年に発売された4スト249ccの単気筒モデル。
出力6.3馬力のサイドバルブを採用したエンジンは信頼性が高く、
長年にわたり自転車を製造してきた技術によって鋼管組み立て式のフレームは堅牢で、
故障が少ない実用車として人気が高かったという。 (オートバイ生産は1962年まで行っていた)
子供の頃バスに付いていた記憶はあるが、緑色の車輌には方向指示器としてアポロウインカー(矢羽式方向指示器)が付いている。
(直進時は赤い矢の部分が下向きに畳まれ隠されていて、方向指示時に横に90°開き目立つ赤が表れる仕掛け)
Harley-davidson SX(SS)-250
70年代中ごろ(1974〜78)にあった2ストのハーレー軽快車。
ほぼ同じ外観で125,175,250ccをラインナップし、ストリート仕様がSS(画像右上)、オフロード仕様がSX(その他)という名称。
(その2仕様の差はマフラーやフェンダーの位置が違う程度)
第二次大戦直後にDKWをコピーした125ccのHummer(ハマー)シリーズを除けば、ハーレーでは珍しい2スト車という事になるが、
やはりエンジンを作っていたのは>>136と同じイタリアのアエルマッキ社。
250は2スト単気筒ピストンバルブの242cc、出力28psで、ケースカバーなど外観はそれほど似てないが、
どうやらヤマハDT1を真似したエンジンらしい。
(画像はなるべく250で集めたが、右下のみ175)
70年代中ごろ(1974〜78)にあった2ストのハーレー軽快車。
ほぼ同じ外観で125,175,250ccをラインナップし、ストリート仕様がSS(画像右上)、オフロード仕様がSX(その他)という名称。
(その2仕様の差はマフラーやフェンダーの位置が違う程度)
第二次大戦直後にDKWをコピーした125ccのHummer(ハマー)シリーズを除けば、ハーレーでは珍しい2スト車という事になるが、
やはりエンジンを作っていたのは>>136と同じイタリアのアエルマッキ社。
250は2スト単気筒ピストンバルブの242cc、出力28psで、ケースカバーなど外観はそれほど似てないが、
どうやらヤマハDT1を真似したエンジンらしい。
(画像はなるべく250で集めたが、右下のみ175)
Suzuki RG250γ
レーサーレプリカ・ブームの火付け役として名高い初代ガンマ。
250クラス初のアルミフレームや登場時クラス最強パワーを誇った水冷2気筒エンジンなど、レプリカ度の高さを物語る物はいろいろあるが、何より
同じくレプリカ的で登場も先のRZ250Rには無い装備が、スーパースポーツで初めてだった車体に固定された大きなカウル。
それまでは陸運局の規制が厳しく、CB750Fインテグラの様なツーリング系のBMWっぽい大きいカウルが少しあった程度で、規制を緩和したものの、
暴走行為は減らしたい当局が最も嫌う「戦闘モードな雰囲気」を売りにして「伏せ姿勢でスクリーン越しに前が見え、風を斬る」カウルは日本では最初。
その「熱いレーサーと同じ気分が味わえる装置」としてガンマがレプリカとしての地位を他車(RZ250R)よりもグッと高めていた。
因みに、250の馬力自主規制値を決めてしまったのもガンマで、
'82年6月,VT250F=35馬力 → '83年2月,MVX250F=40馬力 → MVXと同日,RZ250R=43馬力 → MVX,RZの約3週間後ガンマ=45馬力
と数日で出力数値がどんどん上がってく馬力競争状態が始まってしまい、業界自ら「45馬力で止めましょう」と規制に乗り出したのかなと。
(当局から「おい、いい加減にしておけヨ」と肩を叩かれたのかも…)
また、タコメーターの目盛で3,000回転以下が無い(3,000回転以下では針が動かない)という破天荒ぶりもガンマが最初だった。
尚、現代では年間に3千台売れればヒットに近いが、初代ガンマは年間3万台売れたとされ、ブームの点火役を十分果たしている。
レーサーレプリカ・ブームの火付け役として名高い初代ガンマ。
250クラス初のアルミフレームや登場時クラス最強パワーを誇った水冷2気筒エンジンなど、レプリカ度の高さを物語る物はいろいろあるが、何より
同じくレプリカ的で登場も先のRZ250Rには無い装備が、スーパースポーツで初めてだった車体に固定された大きなカウル。
それまでは陸運局の規制が厳しく、CB750Fインテグラの様なツーリング系のBMWっぽい大きいカウルが少しあった程度で、規制を緩和したものの、
暴走行為は減らしたい当局が最も嫌う「戦闘モードな雰囲気」を売りにして「伏せ姿勢でスクリーン越しに前が見え、風を斬る」カウルは日本では最初。
その「熱いレーサーと同じ気分が味わえる装置」としてガンマがレプリカとしての地位を他車(RZ250R)よりもグッと高めていた。
因みに、250の馬力自主規制値を決めてしまったのもガンマで、
'82年6月,VT250F=35馬力 → '83年2月,MVX250F=40馬力 → MVXと同日,RZ250R=43馬力 → MVX,RZの約3週間後ガンマ=45馬力
と数日で出力数値がどんどん上がってく馬力競争状態が始まってしまい、業界自ら「45馬力で止めましょう」と規制に乗り出したのかなと。
(当局から「おい、いい加減にしておけヨ」と肩を叩かれたのかも…)
また、タコメーターの目盛で3,000回転以下が無い(3,000回転以下では針が動かない)という破天荒ぶりもガンマが最初だった。
尚、現代では年間に3千台売れればヒットに近いが、初代ガンマは年間3万台売れたとされ、ブームの点火役を十分果たしている。
Yamaha RD250
最高峰の「世界GP」の舞台から4ストを駆逐し2ストだらけにしたのは、ヤマハの活躍によるところが大きいが、
RD250はレーサーTD譲りの車体とエンジンを採用した市販車「DX250」の進化版で、掃気効率を高めた2スト2気筒は30psを発生。
まだ珍しかった6速ミッションとも相まって、最もヤマハらしさが現れた「速いオートバイ」として若者に支持されていた。
またCBに対抗するRDとして、当時言われていた“4ストのホンダ、2ストのヤマハ”を象徴する1台でもあった。
だが、その2ストへのこだわりが「主流は4ストへ」の流れに一歩遅れてしまう要因にもなってしまった。
(今後、時流の読みがあるとすれば「脱内燃機関」かな?)
最高峰の「世界GP」の舞台から4ストを駆逐し2ストだらけにしたのは、ヤマハの活躍によるところが大きいが、
RD250はレーサーTD譲りの車体とエンジンを採用した市販車「DX250」の進化版で、掃気効率を高めた2スト2気筒は30psを発生。
まだ珍しかった6速ミッションとも相まって、最もヤマハらしさが現れた「速いオートバイ」として若者に支持されていた。
またCBに対抗するRDとして、当時言われていた“4ストのホンダ、2ストのヤマハ”を象徴する1台でもあった。
だが、その2ストへのこだわりが「主流は4ストへ」の流れに一歩遅れてしまう要因にもなってしまった。
(今後、時流の読みがあるとすれば「脱内燃機関」かな?)
Suzuki ST250 (画像は輸出仕様のTU250X)
これも>>131と同様にボルティーがベースになっているモデルだが、カワサキ・エストレアの様な強い個性があるわけでもなく
ちょっとクラシックな趣はあるものの、どことなく中途半端で無味無臭。
しかし、その「味が薄い」ってのは言い換えれば「いか様にも味付けが出来る」って事でもあり、それって何かに似てるなと思ったらSR。
シングルらしい鼓動感やFI化で無くなったキックペダルなどを別にすれば、車検は要らないし、
SRに有って、ST250に無いのはブランド力とそれに伴うアフター(カスタム)パーツくらいじゃないかと。
それだってSRも最初から備わっていた訳ではなく、ST250も地道に販売を続ければ、その内に・・・
などとひいき目に妄想しながら調べてみたら、スズキのHPに価格表示はまだあるが、既に生産終了(在庫のみ)との情報も見つかった。
新たな開発投資をしにくいマイノリティは駆逐される、感情的には「忌々しい排ガス規制め!」って感じだ。
これも>>131と同様にボルティーがベースになっているモデルだが、カワサキ・エストレアの様な強い個性があるわけでもなく
ちょっとクラシックな趣はあるものの、どことなく中途半端で無味無臭。
しかし、その「味が薄い」ってのは言い換えれば「いか様にも味付けが出来る」って事でもあり、それって何かに似てるなと思ったらSR。
シングルらしい鼓動感やFI化で無くなったキックペダルなどを別にすれば、車検は要らないし、
SRに有って、ST250に無いのはブランド力とそれに伴うアフター(カスタム)パーツくらいじゃないかと。
それだってSRも最初から備わっていた訳ではなく、ST250も地道に販売を続ければ、その内に・・・
などとひいき目に妄想しながら調べてみたら、スズキのHPに価格表示はまだあるが、既に生産終了(在庫のみ)との情報も見つかった。
新たな開発投資をしにくいマイノリティは駆逐される、感情的には「忌々しい排ガス規制め!」って感じだ。
Moto Morini 250 T
>>115でVツイン型が既出だが、こちらは同じVツインの500↓から片バンク(後方シリンダー)を取っ払って作った単気筒の250cc。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1495936878/7...
たぶんビューエル・ブラスト↓と成り立ちが似ていると思うが、合理的と言えばそうだし、単なる安直な作りとも言えそうだし…。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250101.jp...
自分はこういう成り立ちの国産エンジンを知らないので、「見た目も変だし面白いなぁ」と思う。
因みに、左下の赤車は、同じ様に>>115の250を片肺だけにした単気筒の125
(サイドカバーに書かれた「1と1/4」は125の意味で、「2と1/2」と表記された250もある)
>>175
何とも素人さんお断りな感じがする物件。
また、R25(>>82)はテレスコなのにR27はアールズフォークなんですねぇ…。
>>115でVツイン型が既出だが、こちらは同じVツインの500↓から片バンク(後方シリンダー)を取っ払って作った単気筒の250cc。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1495936878/7...
たぶんビューエル・ブラスト↓と成り立ちが似ていると思うが、合理的と言えばそうだし、単なる安直な作りとも言えそうだし…。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250101.jp...
自分はこういう成り立ちの国産エンジンを知らないので、「見た目も変だし面白いなぁ」と思う。
因みに、左下の赤車は、同じ様に>>115の250を片肺だけにした単気筒の125
(サイドカバーに書かれた「1と1/4」は125の意味で、「2と1/2」と表記された250もある)
>>175
何とも素人さんお断りな感じがする物件。
また、R25(>>82)はテレスコなのにR27はアールズフォークなんですねぇ…。
Suzuki GF250
車重が重かったGS250FW(>>96)の後継機種で、GF250はネイキッドって事もありそこから約20kgダイエットの乾燥139kgとしつつ、
最高出力も36馬力から5馬力もアップ。
まだFZ250フェーザー(>>26)やCBR250Four(>>64)が出る前だったので、当時世界唯一の水冷4気筒250cc車でもあった。
また登場1年後の86年には出現したライバル達に対抗するため、出力を規制値上限の45馬力にアップし、
画像右下のカウル付き仕様(GF250S)も追加している。
尚、GF250が登場した頃は、多数のユーザー(顧客)が新たに台頭し始めたカウル付きバイクに夢中な時期で、
後で始まるネイキッドブームからはだいぶ前と、このスタイルを訴求するにはタイミングが早すぎたって感じだ。
車重が重かったGS250FW(>>96)の後継機種で、GF250はネイキッドって事もありそこから約20kgダイエットの乾燥139kgとしつつ、
最高出力も36馬力から5馬力もアップ。
まだFZ250フェーザー(>>26)やCBR250Four(>>64)が出る前だったので、当時世界唯一の水冷4気筒250cc車でもあった。
また登場1年後の86年には出現したライバル達に対抗するため、出力を規制値上限の45馬力にアップし、
画像右下のカウル付き仕様(GF250S)も追加している。
尚、GF250が登場した頃は、多数のユーザー(顧客)が新たに台頭し始めたカウル付きバイクに夢中な時期で、
後で始まるネイキッドブームからはだいぶ前と、このスタイルを訴求するにはタイミングが早すぎたって感じだ。
北川自動車工業 ライナーTW1
1954年に浜松で創業した北川自動車工業製。
エンジンは英国の↓サンビームS7(500cc)を手本にした縦置きの直列2気筒OHC250cc
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14755674090036.jp...
(同社は後にヤマハ車体と合併している)
1954年に浜松で創業した北川自動車工業製。
エンジンは英国の↓サンビームS7(500cc)を手本にした縦置きの直列2気筒OHC250cc
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14755674090036.jp...
(同社は後にヤマハ車体と合併している)
Yamaha DT250
YZ250↓の革新的なモノクロスサスを公道走行可能なオフローダーとして初採用した'77年のDT250。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1486724610/19...
本車はその機能面の新しさだけではなく、燃料タンクとサイドカバーがデザイン的に一体化した最初のヤマハ車で、
カテゴリーが全然違うがその部分は、2年後の'79年に登場するホンダCB750Fのデザインに大きな影響を与えている。
確かに存在感で比べればDT1ほど高くはないが、機能と見た目の両面でエポックメイキングなバイクだった。
YZ250↓の革新的なモノクロスサスを公道走行可能なオフローダーとして初採用した'77年のDT250。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1486724610/19...
本車はその機能面の新しさだけではなく、燃料タンクとサイドカバーがデザイン的に一体化した最初のヤマハ車で、
カテゴリーが全然違うがその部分は、2年後の'79年に登場するホンダCB750Fのデザインに大きな影響を与えている。
確かに存在感で比べればDT1ほど高くはないが、機能と見た目の両面でエポックメイキングなバイクだった。
Kawasaki 250 F4 Sidewinder
F4サイドワインダーは、DT-1から少し後の1969年に発売されたカワサキ初の市販オフローダーだが、
ヤマハに遅れまいと用意された車体はDT-1の様な専用設計ではなく、スクランブラーで出ていた↓175ccのF3ブッシュワッカーをベースとしていた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1484819511/19...
2ストのロータリーディスクバルブ単気筒238ccは23PSを発生するが、「オフロード走行とはこうあるべき」という概念がはっきりする前の
トレール黎明期のマシンのため、ステップの位置がかなり前で大きく手前に引かれたハンドルなど、とても不思議なライポジになるそうだ。
ところで、名前の「サイドワインダー」とは「ガラガラへび」を意味し、以下は単なる個人的な憶測に過ぎないが、
命名の由来としては、たぶん「ヘビ」にしたかった訳ではなく、本車と同じ1969年に制式及び国産化(ライセンス生産)された航空自衛隊の戦闘機が装備する
「69式空対空誘導弾」という、当時ジェット戦闘機小僧達からカッコいい名前のミサイルとして人気だった武器の米国名「AIM-9B サイドワインダー」から拝借したんだと思う。
F4サイドワインダーは、DT-1から少し後の1969年に発売されたカワサキ初の市販オフローダーだが、
ヤマハに遅れまいと用意された車体はDT-1の様な専用設計ではなく、スクランブラーで出ていた↓175ccのF3ブッシュワッカーをベースとしていた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1484819511/19...
2ストのロータリーディスクバルブ単気筒238ccは23PSを発生するが、「オフロード走行とはこうあるべき」という概念がはっきりする前の
トレール黎明期のマシンのため、ステップの位置がかなり前で大きく手前に引かれたハンドルなど、とても不思議なライポジになるそうだ。
ところで、名前の「サイドワインダー」とは「ガラガラへび」を意味し、以下は単なる個人的な憶測に過ぎないが、
命名の由来としては、たぶん「ヘビ」にしたかった訳ではなく、本車と同じ1969年に制式及び国産化(ライセンス生産)された航空自衛隊の戦闘機が装備する
「69式空対空誘導弾」という、当時ジェット戦闘機小僧達からカッコいい名前のミサイルとして人気だった武器の米国名「AIM-9B サイドワインダー」から拝借したんだと思う。
大東製機 DSK A25
静岡県駿東郡にあった大東製機(大元は織機メーカー)がDSKのブランドで4ストOHV単気筒250ccシャフトドライブ。
大東製機(DSK自動車工業株式会社)は1953年からBMWのコピーやライセンス生産を行っていたメーカーで、
本車「A25」(1954)はBMW「R25(>>82)」のフル・コピーと、エンブレムもBMWとそっくり(ただしロゴはDMWとなっている)。
A25は「デンスケ」の愛称で親しまれ、各部品が本物BMWと互換性がある程、精巧にコピーされた品質性能は高かったそうだが、
(むしろ品質では本家を上回るとも言われたとか)
1957年に工場火災にあってしまい、廃業を余儀なくされたらしい。
静岡県駿東郡にあった大東製機(大元は織機メーカー)がDSKのブランドで4ストOHV単気筒250ccシャフトドライブ。
大東製機(DSK自動車工業株式会社)は1953年からBMWのコピーやライセンス生産を行っていたメーカーで、
本車「A25」(1954)はBMW「R25(>>82)」のフル・コピーと、エンブレムもBMWとそっくり(ただしロゴはDMWとなっている)。
A25は「デンスケ」の愛称で親しまれ、各部品が本物BMWと互換性がある程、精巧にコピーされた品質性能は高かったそうだが、
(むしろ品質では本家を上回るとも言われたとか)
1957年に工場火災にあってしまい、廃業を余儀なくされたらしい。
Yamaha FZR250R (3LN)
'89年に先代>>121からエンジン以外をフル・モデルチェンジ(FMC)して2代目となったFZR250。
車体構成スペックは先にFMCした2代目FZR1000に準じた内容で、複雑な面構成を持つアルミデルタボックスフレーム&スイングアームや排気デバイスEXUP、
カウルと面一になった異形丸型2灯ヘッドライトなど、先代の後に登場し販売数で抜かれたCBR250R(MC19>>101)を再び突き放そうという
今同じ事やったら「いくら値段が跳ね上がるのヨ」という最強アイテムのテンコ盛り状態だった。
(今とは償却台数が桁違いなので出来た事)
特にレーシングな雰囲気に重要なハンドル位置は、FZR400やTZR250の兄貴分や本格派を差し置いて(=ヒエラルキー無視で)
ヤマハではFZR1000に次ぐ2番目の早さでトップブリッジの下にハンドルがレイアウトされるという、レーサーレプリカ先鋭化の急進具合も物語っていた。
(この時点でトップブリッジ下にハンドルがあったのは4ストではGSX-R250のみ。ただしブリッジ自体を上にかさ上げするトリックは使ってたが)
それでも、CBR250Rと同様に近いハンドル(=短いタンク)と低いシート高でFZR400やTZRよりも女性や初心者への配慮も抜かりなかった。
因みにマフラーが黒いのは、当時レーサーで使われ始めた「カーボン製マフラー」を模している為で、本車の場合が黒いカバーが被っているだけの飾り。
個人的には、車体の真後ろから見下ろした時によく判る、シート下部の膨らみを含めたグラマラスなボディーラインが「いやらしい(エロい)」なって思ってた。
'89年に先代>>121からエンジン以外をフル・モデルチェンジ(FMC)して2代目となったFZR250。
車体構成スペックは先にFMCした2代目FZR1000に準じた内容で、複雑な面構成を持つアルミデルタボックスフレーム&スイングアームや排気デバイスEXUP、
カウルと面一になった異形丸型2灯ヘッドライトなど、先代の後に登場し販売数で抜かれたCBR250R(MC19>>101)を再び突き放そうという
今同じ事やったら「いくら値段が跳ね上がるのヨ」という最強アイテムのテンコ盛り状態だった。
(今とは償却台数が桁違いなので出来た事)
特にレーシングな雰囲気に重要なハンドル位置は、FZR400やTZR250の兄貴分や本格派を差し置いて(=ヒエラルキー無視で)
ヤマハではFZR1000に次ぐ2番目の早さでトップブリッジの下にハンドルがレイアウトされるという、レーサーレプリカ先鋭化の急進具合も物語っていた。
(この時点でトップブリッジ下にハンドルがあったのは4ストではGSX-R250のみ。ただしブリッジ自体を上にかさ上げするトリックは使ってたが)
それでも、CBR250Rと同様に近いハンドル(=短いタンク)と低いシート高でFZR400やTZRよりも女性や初心者への配慮も抜かりなかった。
因みにマフラーが黒いのは、当時レーサーで使われ始めた「カーボン製マフラー」を模している為で、本車の場合が黒いカバーが被っているだけの飾り。
個人的には、車体の真後ろから見下ろした時によく判る、シート下部の膨らみを含めたグラマラスなボディーラインが「いやらしい(エロい)」なって思ってた。
Honda CRF250 Rally (画像はローダウン仕様)
左の素晴らしい画像を撮影した方のブログによれば、
ヴェルシスX-250などのツアラーをベースとしたアドベチャー系と比較した場合、(以下かなり要約)
劣る点…単気筒エンジン特有の荒々しい回転フィールや座面の狭いシート。
勝る点…車体が軽く、ブロックタイヤなどによる優れた走破性。
で、未舗装の急な坂を降りたり、登ったりする本当の意味のアドベチャーを楽しむならCRFラリーだと。
普段は市街地を主に走っているが、たまには林道に行って未舗装路も楽しみたいという方にはピッタリなんじゃないか…との事。
(あと、ヘッドライトがオフ車では断トツに明るいとも↓)
http://mihiro.sakura.ne.jp/shimoken/crf250rally-001.ht...
個人的には、ラリーマシンと同じデザインが戦闘的でカッコいいなと思うものの、
アンダーガードも含めた全身がプラスチックのカバーで覆われているのはどうなのかなと。(本物レーサーのカウルはカーボン製)
なるべく破損したくない初心者の場合、険しい林道で乗り回すにはかなりハードルが高い気がする。(上級者向け?)
左の素晴らしい画像を撮影した方のブログによれば、
ヴェルシスX-250などのツアラーをベースとしたアドベチャー系と比較した場合、(以下かなり要約)
劣る点…単気筒エンジン特有の荒々しい回転フィールや座面の狭いシート。
勝る点…車体が軽く、ブロックタイヤなどによる優れた走破性。
で、未舗装の急な坂を降りたり、登ったりする本当の意味のアドベチャーを楽しむならCRFラリーだと。
普段は市街地を主に走っているが、たまには林道に行って未舗装路も楽しみたいという方にはピッタリなんじゃないか…との事。
(あと、ヘッドライトがオフ車では断トツに明るいとも↓)
http://mihiro.sakura.ne.jp/shimoken/crf250rally-001.ht...
個人的には、ラリーマシンと同じデザインが戦闘的でカッコいいなと思うものの、
アンダーガードも含めた全身がプラスチックのカバーで覆われているのはどうなのかなと。(本物レーサーのカウルはカーボン製)
なるべく破損したくない初心者の場合、険しい林道で乗り回すにはかなりハードルが高い気がする。(上級者向け?)
Honda CD250U
バイクブーム真っ只中の1988年発売と、見た感じ程には古くないCD250U。
250ccの空冷OHC2気筒はヘッドカバーの形が少し違うが、初代レブルのエンジンと同じじゃないかと。
当時は、ビジネスユースには大き過ぎ、GB250の様な様式美にも乏しいとあまり話題にならず売れなかったが、
今見るとユルイ系のなかなかイイ雰囲気。
画像右上のダブルシートも悪くないが、特に荷台付きのシングルシート仕様が非常にクール。
個人的な趣味だが、ハンターカブやCT250シルクロード(>>56)みたいなオフロード(スクランブラー)風味を加味して
「荷物積んでどこでも行っちゃうかも」的な雰囲気にしたら面白いかもなぁ…なんて妄想も。
バイクブーム真っ只中の1988年発売と、見た感じ程には古くないCD250U。
250ccの空冷OHC2気筒はヘッドカバーの形が少し違うが、初代レブルのエンジンと同じじゃないかと。
当時は、ビジネスユースには大き過ぎ、GB250の様な様式美にも乏しいとあまり話題にならず売れなかったが、
今見るとユルイ系のなかなかイイ雰囲気。
画像右上のダブルシートも悪くないが、特に荷台付きのシングルシート仕様が非常にクール。
個人的な趣味だが、ハンターカブやCT250シルクロード(>>56)みたいなオフロード(スクランブラー)風味を加味して
「荷物積んでどこでも行っちゃうかも」的な雰囲気にしたら面白いかもなぁ…なんて妄想も。
Kawasaki KL250
'78年、奇しくも↑ホンダXL250Sとほぼ同時に発売されたカワサキ初の4スト・トレール車。
最大出力は21ps/8000rpmで、これはXLよりは強く、ヤマハDTと同じ数値。
カワサキはかなり前から4スト・トレールを開発していたが、デビューまで紆余曲折があり、↓ヤマハXT500('76年)に遅れをとってしまったという。
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14867246100045.jp...
ところで、23インチの前タイヤやストローク増大を狙った新機軸のリアサスなどを持ったXL250Sと比較すると、
見るからにKL250の車体は旧態全としており、当時販売で苦戦したであろう事は容易に想像できる。
でも今日、趣味で「ライトな林道のんびりツーリングを楽しみながら、レトロなオシャレ感も味わいたい」なんて考えたら、
愛好家から「角タンク」と呼ばれるスパルタンなデザインや旧態全のクラシックな雰囲気など、味わい深さで言ったらXL250Sより上かもな…なんて思う。
'78年、奇しくも↑ホンダXL250Sとほぼ同時に発売されたカワサキ初の4スト・トレール車。
最大出力は21ps/8000rpmで、これはXLよりは強く、ヤマハDTと同じ数値。
カワサキはかなり前から4スト・トレールを開発していたが、デビューまで紆余曲折があり、↓ヤマハXT500('76年)に遅れをとってしまったという。
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14867246100045.jp...
ところで、23インチの前タイヤやストローク増大を狙った新機軸のリアサスなどを持ったXL250Sと比較すると、
見るからにKL250の車体は旧態全としており、当時販売で苦戦したであろう事は容易に想像できる。
でも今日、趣味で「ライトな林道のんびりツーリングを楽しみながら、レトロなオシャレ感も味わいたい」なんて考えたら、
愛好家から「角タンク」と呼ばれるスパルタンなデザインや旧態全のクラシックな雰囲気など、味わい深さで言ったらXL250Sより上かもな…なんて思う。
Aermacchi Chimera 175 / 250
>>136,>>170と同じイタリアのアエルマッキが1957〜64年に作っていた“キメラ”。(本車の開発はハーレーと無関係)
マッキが得意としていた水平プッシュロッドシングル(水平エンジン)はこのバイクから始まり、当初の175ccを経て250も追加。
250は13.7ps/6500rpm、車重129kg、最高速度120km/h。(175は119台、250は177台作られたらしい)
非常にユニークなフルカバードのデザインは、戦前から航空機製造を担い空気力学に精通したマッキの独自性を全面に表現したものだった。
因みに、ステップ周辺の銀色部分はアルミのクランクケース・カバー(=エンジンその物)で、周囲の板金カウル類と面一になる様にエンジンの形状を整えている。
>>136,>>170と同じイタリアのアエルマッキが1957〜64年に作っていた“キメラ”。(本車の開発はハーレーと無関係)
マッキが得意としていた水平プッシュロッドシングル(水平エンジン)はこのバイクから始まり、当初の175ccを経て250も追加。
250は13.7ps/6500rpm、車重129kg、最高速度120km/h。(175は119台、250は177台作られたらしい)
非常にユニークなフルカバードのデザインは、戦前から航空機製造を担い空気力学に精通したマッキの独自性を全面に表現したものだった。
因みに、ステップ周辺の銀色部分はアルミのクランクケース・カバー(=エンジンその物)で、周囲の板金カウル類と面一になる様にエンジンの形状を整えている。
Kawasaki Elominator 250 (90年代に出たVツインじゃ無い方)
兄貴分の900や400は大きい直列4気筒でドラッグレーサー風の迫力と、他のアメリカン勢とは違うエリミネーター独自の世界観を表現してたが、
まだ4気筒がなかった250はGPZ250R(>>143)と同じ小さい2気筒という事で、見た目としてはやや迫力不足の感が否めなかった。
だが、それに代わるパフォーマンス(=迫力)の表現として、排気管をシリンダーの左横を通して集合させ下に方向転換、最後は右側に出すという
とても変速的な取り回しで工夫してるのが大層ユニークで面白く、エリミ250の一番のチャームポイントだなと感じてた。
余談だが、更に言えば900や400の4気筒も250と同じ事を左右で2気筒づつ(少し違うが↓こんな風に)やったらもっと面白いかもなって思う。
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14867366870063.jp...
兄貴分の900や400は大きい直列4気筒でドラッグレーサー風の迫力と、他のアメリカン勢とは違うエリミネーター独自の世界観を表現してたが、
まだ4気筒がなかった250はGPZ250R(>>143)と同じ小さい2気筒という事で、見た目としてはやや迫力不足の感が否めなかった。
だが、それに代わるパフォーマンス(=迫力)の表現として、排気管をシリンダーの左横を通して集合させ下に方向転換、最後は右側に出すという
とても変速的な取り回しで工夫してるのが大層ユニークで面白く、エリミ250の一番のチャームポイントだなと感じてた。
余談だが、更に言えば900や400の4気筒も250と同じ事を左右で2気筒づつ(少し違うが↓こんな風に)やったらもっと面白いかもなって思う。
http://bbs45.meiwasuisan.com/img/bike/14867366870063.jp...
Indian Arrow
戦後、大型よりも軽量で機動性の高い小型車に商機があると開発された、インディアン1949年の単気筒OHV220ccのアロー。
このエンジンは製造コスト削減目的で設計されたモジュラー構造で、同じシリンダーを並列させ2気筒とした440ccの↓Supersport Scoutもあった。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250103.jp...
尚、このモジュラーエンジンは4気筒も視野に入れていたが、アローとスカウトは初期のモデルには問題が多く
後にそれを解決したが、最初の評判の悪さが祟って販売が低調のまま本シリーズは終わってしまったらしい。
因みに、画像の個体は二輪、四輪のレーサーでもあった俳優スティーブ・マックイーンが所有していた物との事。
戦後、大型よりも軽量で機動性の高い小型車に商機があると開発された、インディアン1949年の単気筒OHV220ccのアロー。
このエンジンは製造コスト削減目的で設計されたモジュラー構造で、同じシリンダーを並列させ2気筒とした440ccの↓Supersport Scoutもあった。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250103.jp...
尚、このモジュラーエンジンは4気筒も視野に入れていたが、アローとスカウトは初期のモデルには問題が多く
後にそれを解決したが、最初の評判の悪さが祟って販売が低調のまま本シリーズは終わってしまったらしい。
因みに、画像の個体は二輪、四輪のレーサーでもあった俳優スティーブ・マックイーンが所有していた物との事。
Suzuki Bandit 250
2代目のバンディット250だが、画像の左上(赤車)のみ初代。
当時タンクやシート廻りの艤装品が変わったくらいのマイナーチェンジと思っていた人が多いかと思うが、
実はフレームは元よりエンジンもリニューアルしたフルモデルチェンジだった。
そのエンジンはカバー類を意匠替えしただけでなく、シリンダーヘッドのカムシャフト2本の位置を外に拡げるという大手術(バルブ挟み角も変更?)で、
真っ当なエンジンの進化に逆行するその行為は、おそらくエンジンを大きく立派に見せたかったからなのだと思う。
だがその気合いの入った変更も、どこが変わったのかビミョーなフレームに隠れてしまい見えにくいので、消費者には伝わりにくかった。
また、スタイリングはとても綺麗というか美人系な感じになったのだが、バイクの場合「美人だったら売れる」という単純な話でもなく、
特にネイキッドは荒々しさや、無骨さ、メカメカしさ、様式美など全く別の要素で人気は左右されがち。
結局、多くの開発資金を投入して変えたのに、報われないと言うかスズキの商売下手さだけが目立ってしまった感じ。
そして、このカッコいい油冷風の水冷4発250ccエンジンが以降は活かされる事も無く、>>150をOEM供給されたGSX250FXに切り替り終わったのが、個人的には非常に残念だ。
(因みに、テールカウルを一般的な左右ではなく、上下に分割したのはこの2代目バンディットがたぶん最初)
2代目のバンディット250だが、画像の左上(赤車)のみ初代。
当時タンクやシート廻りの艤装品が変わったくらいのマイナーチェンジと思っていた人が多いかと思うが、
実はフレームは元よりエンジンもリニューアルしたフルモデルチェンジだった。
そのエンジンはカバー類を意匠替えしただけでなく、シリンダーヘッドのカムシャフト2本の位置を外に拡げるという大手術(バルブ挟み角も変更?)で、
真っ当なエンジンの進化に逆行するその行為は、おそらくエンジンを大きく立派に見せたかったからなのだと思う。
だがその気合いの入った変更も、どこが変わったのかビミョーなフレームに隠れてしまい見えにくいので、消費者には伝わりにくかった。
また、スタイリングはとても綺麗というか美人系な感じになったのだが、バイクの場合「美人だったら売れる」という単純な話でもなく、
特にネイキッドは荒々しさや、無骨さ、メカメカしさ、様式美など全く別の要素で人気は左右されがち。
結局、多くの開発資金を投入して変えたのに、報われないと言うかスズキの商売下手さだけが目立ってしまった感じ。
そして、このカッコいい油冷風の水冷4発250ccエンジンが以降は活かされる事も無く、>>150をOEM供給されたGSX250FXに切り替り終わったのが、個人的には非常に残念だ。
(因みに、テールカウルを一般的な左右ではなく、上下に分割したのはこの2代目バンディットがたぶん最初)
Suzuki T250-II & T250-II Scrambler
T20(>>135)の後継で1970〜72年頃の2スト・ツインスポーツ。
エンジンやフレームなど基本設計はT20を引き継いだ物だが、フロント・フォークの変更や角ばった形になったシリンダーやヘッド、
スマートになったティアドロップ(涙滴)型燃料タンクなど、より洗練された姿にアップデート。
画像右下の赤車がロードモデルで、その他周囲の青車はT20にもあったスクランブラーモデル。個人的にはそのスクランブラー型がお気に入りで、
大好きだったウルフT90↓を彷彿とさせる左右振り分けのミドルアップマフラーは、ホンダCL72(>>95)、CL250(>>32)の片側2本出しとはまた別の魅力を感じる。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250106.jp...
T20(>>135)の後継で1970〜72年頃の2スト・ツインスポーツ。
エンジンやフレームなど基本設計はT20を引き継いだ物だが、フロント・フォークの変更や角ばった形になったシリンダーやヘッド、
スマートになったティアドロップ(涙滴)型燃料タンクなど、より洗練された姿にアップデート。
画像右下の赤車がロードモデルで、その他周囲の青車はT20にもあったスクランブラーモデル。個人的にはそのスクランブラー型がお気に入りで、
大好きだったウルフT90↓を彷彿とさせる左右振り分けのミドルアップマフラーは、ホンダCL72(>>95)、CL250(>>32)の片側2本出しとはまた別の魅力を感じる。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250106.jp...
Kawasaki CS250
当時世界最速を達成し人気を博したGPZ900Rの4気筒エンジンと同じ構成を引き継いだ水冷4バルブDOHC単気筒の250。
単気筒と言えども高回転までシャープにパワーも伸びていくフィールを持ったエンジンで、
GPZ250R(>>143)より約20kg軽いオフロード車並みの乾燥重量118kgと相まって、
使い切れる吹け上がりの良いエンジンに軽快なハンドリングも楽しめるという、割と玄人好みの素性を持ったシングルスポーツだった。
でも少し残念だったのが、カジュアル・スポーツ(CS)と銘打って、初心者や女性など「誰でも楽しく乗れますよ」と
デザインを含め間口を広げてしまった事で、GPZ900Rにも通じる本来の魅力を伝わりにくくしてしまったのかなぁ…と思ったりする。
当時世界最速を達成し人気を博したGPZ900Rの4気筒エンジンと同じ構成を引き継いだ水冷4バルブDOHC単気筒の250。
単気筒と言えども高回転までシャープにパワーも伸びていくフィールを持ったエンジンで、
GPZ250R(>>143)より約20kg軽いオフロード車並みの乾燥重量118kgと相まって、
使い切れる吹け上がりの良いエンジンに軽快なハンドリングも楽しめるという、割と玄人好みの素性を持ったシングルスポーツだった。
でも少し残念だったのが、カジュアル・スポーツ(CS)と銘打って、初心者や女性など「誰でも楽しく乗れますよ」と
デザインを含め間口を広げてしまった事で、GPZ900Rにも通じる本来の魅力を伝わりにくくしてしまったのかなぁ…と思ったりする。
Suzuki GSX250F Across
250では珍しいメットインだったアクロス。
浜名湖の程近くで考案されたこのコンセプト(製品概念)は、その後東京は青山のホンダに拝借され
不本意だろうが現在戦略モデルで展開されている最中。
ただ、先駆者のスズキも指をくわえて見てるだけではない様で、↓メットインを使った特許が新たに出願された。
http://www.visordown.com/motorcycle-news-new-bikes/reve...
どうも電動バイクに絡めた特許の様で、それはスクーターの延長上にある「楽チンなバイク」(=バイク未体験者向け)かと思ったが、
どうやらモーターを縦置きに配置、ベベルギアを介して6速トランスミッションに接続してるらしい。
だとすると仮にDCT、もしくは軽四に使っているAGS(電磁クラッチのセミオートマ)を適用し「楽チンなバイク」にしたとしても、
アクロスみたいな庶民的なバイク(EV)とはならなそうな…
250では珍しいメットインだったアクロス。
浜名湖の程近くで考案されたこのコンセプト(製品概念)は、その後東京は青山のホンダに拝借され
不本意だろうが現在戦略モデルで展開されている最中。
ただ、先駆者のスズキも指をくわえて見てるだけではない様で、↓メットインを使った特許が新たに出願された。
http://www.visordown.com/motorcycle-news-new-bikes/reve...
どうも電動バイクに絡めた特許の様で、それはスクーターの延長上にある「楽チンなバイク」(=バイク未体験者向け)かと思ったが、
どうやらモーターを縦置きに配置、ベベルギアを介して6速トランスミッションに接続してるらしい。
だとすると仮にDCT、もしくは軽四に使っているAGS(電磁クラッチのセミオートマ)を適用し「楽チンなバイク」にしたとしても、
アクロスみたいな庶民的なバイク(EV)とはならなそうな…
Triumph Tiger Cub
重量車を得意としていたトライアンフが、1954年から作っていた199ccOHV単気筒エンジンの軽快車タイガー・カブ
60年代終盤までの長きに渡り製造されたため、画像右下のスクランブラータイプや左上の車体中央部を大きくカバーリングしたタイプ、
トレール・コンペ仕様など膨大なバリエーションを誇り人気を博していた。
また前傾した200ccのエンジンは小さいサイズながら、複雑な造形のシリンダーヘッドが大型ビンテージ車に劣らぬ工芸品のような表情を見せている。
なお噂に過ぎないが、1958年発売のホンダ50ccスーパー実用車の名前は、この「カブ」から引用されたという話もある。
重量車を得意としていたトライアンフが、1954年から作っていた199ccOHV単気筒エンジンの軽快車タイガー・カブ
60年代終盤までの長きに渡り製造されたため、画像右下のスクランブラータイプや左上の車体中央部を大きくカバーリングしたタイプ、
トレール・コンペ仕様など膨大なバリエーションを誇り人気を博していた。
また前傾した200ccのエンジンは小さいサイズながら、複雑な造形のシリンダーヘッドが大型ビンテージ車に劣らぬ工芸品のような表情を見せている。
なお噂に過ぎないが、1958年発売のホンダ50ccスーパー実用車の名前は、この「カブ」から引用されたという話もある。
Suzuki Goose 250
レプリカブームの円熟期に、単気筒スーパースポーツの可能性に挑んだスズキのグース。
絶対的なパワーは無いが、ラインコントロールが容易でタイトなコース状況なら他のレプリカと互角に渡り合える実力があった。
開発は350がメインと思うが、エンジンはDR350Sと250S(>>146)の油冷4stOHC4バルブ単気筒から流用。
外観上の350だけにあった装備は倒立フォークやオイルクーラー、サイドカバーの上に付くアルミパネルなど。
(画像の青車が350)
尚、基本デザインはスズキが依頼したジレラ・サトゥルノ↓を手掛けた日本人デザイナーによるもの。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250107.jp...
サトゥルノからカウルを無くしエキゾーストラインを変更しているものの、鋼管パイプのフレームなど基本構成はよく似ており、
イタリアンなカフェレーサー的雰囲気に加え、薄いシートに低いハンドルとスパルタンさも醸し出していた。
残念だったのがデザインの煮詰めが今一つ部分が多く、特に大きなサイドカバーの存在が意味不明なところ。
これなら「無い方が良いのでは?」とグース愛好家の間では↓こんな風にその邪魔なカバーを外して乗られている方も多い。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250109.jp...
(思うに、カバーが無いとサトゥルノにソックリ過ぎで問題アリと無理やり付けたんじゃないかと)
個人的には、SDRやSRXなどデザインの詰めが上手なヤマハ(GK)がやっていれば、もう少しイイ感じに仕上がったかなぁと思う。
レプリカブームの円熟期に、単気筒スーパースポーツの可能性に挑んだスズキのグース。
絶対的なパワーは無いが、ラインコントロールが容易でタイトなコース状況なら他のレプリカと互角に渡り合える実力があった。
開発は350がメインと思うが、エンジンはDR350Sと250S(>>146)の油冷4stOHC4バルブ単気筒から流用。
外観上の350だけにあった装備は倒立フォークやオイルクーラー、サイドカバーの上に付くアルミパネルなど。
(画像の青車が350)
尚、基本デザインはスズキが依頼したジレラ・サトゥルノ↓を手掛けた日本人デザイナーによるもの。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250107.jp...
サトゥルノからカウルを無くしエキゾーストラインを変更しているものの、鋼管パイプのフレームなど基本構成はよく似ており、
イタリアンなカフェレーサー的雰囲気に加え、薄いシートに低いハンドルとスパルタンさも醸し出していた。
残念だったのがデザインの煮詰めが今一つ部分が多く、特に大きなサイドカバーの存在が意味不明なところ。
これなら「無い方が良いのでは?」とグース愛好家の間では↓こんな風にその邪魔なカバーを外して乗られている方も多い。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250109.jp...
(思うに、カバーが無いとサトゥルノにソックリ過ぎで問題アリと無理やり付けたんじゃないかと)
個人的には、SDRやSRXなどデザインの詰めが上手なヤマハ(GK)がやっていれば、もう少しイイ感じに仕上がったかなぁと思う。
Honda CT200 Auto-AG (1984)
名前のAGはAgriculture(アグリカルチャー:農耕・農学)の略で、農業牧畜用のユーティリティ(作業)系バイク。
また“Auto”とは左手が自由になる遠心クラッチによる“オート”クラッチを意味する。
本車は近い商品コンセプトの↓ヤマハAG200ライバルだが、たぶん登場はヤマハが先。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1484819511/3...
シングルシートに作業や運搬用の大きな前後キャリヤが目を引くが、他にも面白い部分がi幾つかあって、
通常はセル始動なのだが、キックの代わりに発電機みたいにヒモを引っ張っての始動も可能(リコイルスターター:画像右下)とか
どちら側にでも下車できる左右に二つあるサイドスタンドや左手と右足のどちらでも操作できるリアブレーキなど。
所有者によれば、最高速が90km/hと遅く、小さい燃料タンクで航続距離が短いなどの短所はあるが、
大量の荷物が積め、足着きが良くクラッチレスで極低速が楽、2つのスタンドで狭所の駐車に便利など機能面の良さに加え
独特な見た目な上に、同じバイクに出会う事がまずないという自己満足感が何よりも高いそうだ。
名前のAGはAgriculture(アグリカルチャー:農耕・農学)の略で、農業牧畜用のユーティリティ(作業)系バイク。
また“Auto”とは左手が自由になる遠心クラッチによる“オート”クラッチを意味する。
本車は近い商品コンセプトの↓ヤマハAG200ライバルだが、たぶん登場はヤマハが先。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1484819511/3...
シングルシートに作業や運搬用の大きな前後キャリヤが目を引くが、他にも面白い部分がi幾つかあって、
通常はセル始動なのだが、キックの代わりに発電機みたいにヒモを引っ張っての始動も可能(リコイルスターター:画像右下)とか
どちら側にでも下車できる左右に二つあるサイドスタンドや左手と右足のどちらでも操作できるリアブレーキなど。
所有者によれば、最高速が90km/hと遅く、小さい燃料タンクで航続距離が短いなどの短所はあるが、
大量の荷物が積め、足着きが良くクラッチレスで極低速が楽、2つのスタンドで狭所の駐車に便利など機能面の良さに加え
独特な見た目な上に、同じバイクに出会う事がまずないという自己満足感が何よりも高いそうだ。
Honda XL230
見た感じよりは新しい2002年発売の製品で、エンジンは↓SL230やFTR223、CB223(>>72)と同じ空冷単気筒。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/4...
当時のレトロブームに乗じた製品で、宣伝コピーも「街乗りからトレッキングまで気軽に楽しめるスポーツバイク」とされ、
形式名もホンダのロード系に属するMC〜ナンバーは「オフ車の雰囲気を持ったレトロ系のベーシックバイク」といったところ。
車体(フレーム)は上(>>201)のCT200AGのフレームを一部手直しして流用。
画像の右上は、その出自を利用してXL230をCT200AG風にカスタムした物だが、CT200AGのパーツが全てポン付け出来る訳ではなく
リアキャリアだけは取り付けを少し工夫(溶接作業)しないと取り付け出来ないそうだ。
見た感じよりは新しい2002年発売の製品で、エンジンは↓SL230やFTR223、CB223(>>72)と同じ空冷単気筒。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/4...
当時のレトロブームに乗じた製品で、宣伝コピーも「街乗りからトレッキングまで気軽に楽しめるスポーツバイク」とされ、
形式名もホンダのロード系に属するMC〜ナンバーは「オフ車の雰囲気を持ったレトロ系のベーシックバイク」といったところ。
車体(フレーム)は上(>>201)のCT200AGのフレームを一部手直しして流用。
画像の右上は、その出自を利用してXL230をCT200AG風にカスタムした物だが、CT200AGのパーツが全てポン付け出来る訳ではなく
リアキャリアだけは取り付けを少し工夫(溶接作業)しないと取り付け出来ないそうだ。
Borile Multiuso 230
イタリアのオフ系バイクで、製品の狙いとしてはCT200AG(>>201)に近いユーティリティ(作業)利用目的らしいが、
230?の空冷単気筒のエンジンは少し不安が残る中国製。
タンク容量が少なそうなので遠出には不向きそうだが、なかなかクールなデザインが結構好み。
近所の買い物や、サイドキャリアにキャンバス製バックでも括り付けての通学など日常的利用に悪くない感じがする。
↓リアショックが2本あるのがちょっと不思議
https://www.youtube.com/watch?v=4QhBHc7shH...
イタリアのオフ系バイクで、製品の狙いとしてはCT200AG(>>201)に近いユーティリティ(作業)利用目的らしいが、
230?の空冷単気筒のエンジンは少し不安が残る中国製。
タンク容量が少なそうなので遠出には不向きそうだが、なかなかクールなデザインが結構好み。
近所の買い物や、サイドキャリアにキャンバス製バックでも括り付けての通学など日常的利用に悪くない感じがする。
↓リアショックが2本あるのがちょっと不思議
https://www.youtube.com/watch?v=4QhBHc7shH...
Honda CBR250RR (MC22)
今の新型2気筒と同じ名前だったCBRで、エンジンを除くオール・ニューで登場の4スト4気筒レプリカとしては最後となったモデル。
GSX-Rや>>184FZR、>>163ZXRより遅れたがトップブリッジ下に付いたハンドルやガルウイング型のアルミ・スイングアームなど
思い付くレーシーな装備を全てまとうような豪華さで、特に目立ったのが同時に400にも採用されたクランク状に折れ曲がったフレーム。
ホンダは「LCGツインチューブフレーム」と称し、低重心と剛性の高さ、マスの集中化を狙ったと説明していたが、
当時のGPレーサーNSR500や4ストF1のRVF、もしくは輸出用CBR900の直線的フレームとは異なっていたし、構造的な意味も不明で説得力は今一つ。
おそらくレーサーレプリカの先鋭化が行き詰まり、馬力規制もあるしどれも似たような見た目となってしまうので、
他社との差別化を図る為にデザイン的な新規性を主眼に採用されたフレーム形態なのだと思う。
(排気ラインを最適化するのに有用なガルアームも特に必然性を感じないし…)
いずれにせよ、本格志向ユーザーはNSR250Rに任せ、先代より更に低められたシート高などで「格好重視の幅広い普通ユーザー」ターゲットに
レプリカブームが終焉に向かう中、販売で主役で居続けたのはさすがにホンダだなって思った。
今の新型2気筒と同じ名前だったCBRで、エンジンを除くオール・ニューで登場の4スト4気筒レプリカとしては最後となったモデル。
GSX-Rや>>184FZR、>>163ZXRより遅れたがトップブリッジ下に付いたハンドルやガルウイング型のアルミ・スイングアームなど
思い付くレーシーな装備を全てまとうような豪華さで、特に目立ったのが同時に400にも採用されたクランク状に折れ曲がったフレーム。
ホンダは「LCGツインチューブフレーム」と称し、低重心と剛性の高さ、マスの集中化を狙ったと説明していたが、
当時のGPレーサーNSR500や4ストF1のRVF、もしくは輸出用CBR900の直線的フレームとは異なっていたし、構造的な意味も不明で説得力は今一つ。
おそらくレーサーレプリカの先鋭化が行き詰まり、馬力規制もあるしどれも似たような見た目となってしまうので、
他社との差別化を図る為にデザイン的な新規性を主眼に採用されたフレーム形態なのだと思う。
(排気ラインを最適化するのに有用なガルアームも特に必然性を感じないし…)
いずれにせよ、本格志向ユーザーはNSR250Rに任せ、先代より更に低められたシート高などで「格好重視の幅広い普通ユーザー」ターゲットに
レプリカブームが終焉に向かう中、販売で主役で居続けたのはさすがにホンダだなって思った。
富士重工業 ハリケーン T92型
ラビットというスクーター↓を作っていた事は比較的知られている富士重工(今年4月から「スバル」に改名)が、1956年から製造していたオートバイ。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250112.jp...
エンジンは4サイクル単気筒OHV249cc右チェンジで最高出力10HP/5000rpm(ロータリー3段変速の車重160kg)
同時期の他社よりも非力だったが、車重174kgだったホンダSA250(>>164)よりは軽快な走りだったそうだ。
因みにスバルは、太平洋戦争中に帝国海軍の零式艦上戦闘機「ゼロ戦」のエンジン(機体は三菱)や陸軍の主力機・一式戦闘機「隼」を開発、生産していた中島飛行機が前身である。
ラビットというスクーター↓を作っていた事は比較的知られている富士重工(今年4月から「スバル」に改名)が、1956年から製造していたオートバイ。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250112.jp...
エンジンは4サイクル単気筒OHV249cc右チェンジで最高出力10HP/5000rpm(ロータリー3段変速の車重160kg)
同時期の他社よりも非力だったが、車重174kgだったホンダSA250(>>164)よりは軽快な走りだったそうだ。
因みにスバルは、太平洋戦争中に帝国海軍の零式艦上戦闘機「ゼロ戦」のエンジン(機体は三菱)や陸軍の主力機・一式戦闘機「隼」を開発、生産していた中島飛行機が前身である。
Parilla Wildcat
イタリアのモト・パリラはアメリカで特に人気を博していたが、そのアメリカ市場向けに開発、1963年から販売したオフロード車の「ワイルドキャット」。
フレームはCB72→CL72(>>92)と同様に、250GS(>>142)のダイヤモンドからクレードル型に改められているが、エンジンは250GSと基本同じ「ハイカムOHV」の250cc。
(そのエンジンは、オフロードで泥だらけにするには勿体ないほど、現代のそれとは違う工芸的で美しい表情を見せている)
ところで、ヤマハDT-1やカワサキF4サイドワインダー(>>182)も基本的に米国向けで開発されており、
60年代に西海岸地帯の広大な荒野やロッキー山脈を中心とする山岳地帯にオフロードランを楽しむ若者が増えた事が発端。
軽量でハイパワーなDT-1('68年発売)ほど本格的では無いものの、それより先に「アメリカの新しいオフロード遊び」に注目していたパリラの先見性は興味深い。
(遊びの天才アメリカ人が発信したそれは、現代で多種にわたるエクストリームスポーツの原点みたいな感じだったのではなかろうか?)
イタリアのモト・パリラはアメリカで特に人気を博していたが、そのアメリカ市場向けに開発、1963年から販売したオフロード車の「ワイルドキャット」。
フレームはCB72→CL72(>>92)と同様に、250GS(>>142)のダイヤモンドからクレードル型に改められているが、エンジンは250GSと基本同じ「ハイカムOHV」の250cc。
(そのエンジンは、オフロードで泥だらけにするには勿体ないほど、現代のそれとは違う工芸的で美しい表情を見せている)
ところで、ヤマハDT-1やカワサキF4サイドワインダー(>>182)も基本的に米国向けで開発されており、
60年代に西海岸地帯の広大な荒野やロッキー山脈を中心とする山岳地帯にオフロードランを楽しむ若者が増えた事が発端。
軽量でハイパワーなDT-1('68年発売)ほど本格的では無いものの、それより先に「アメリカの新しいオフロード遊び」に注目していたパリラの先見性は興味深い。
(遊びの天才アメリカ人が発信したそれは、現代で多種にわたるエクストリームスポーツの原点みたいな感じだったのではなかろうか?)
Suzuki GT250
1972年からラムエアシステムを搭載した中期型のGT250で、画像右上がラムエア無しだった初期型のエンジン。
ラムエアシステムとはエンジンヘッドに四角い導風カバーを設けた新趣向の冷却システムの事で、
スズキはこれを250、380、550で展開。消費者に技術的な優位性と高いパフォーマンスをアピールしていた。
(個人的にもホンダ4ストエンジンに対し、2ストが持つ外観的な見劣り感も大分無くなった感じを覚えてた)
余談だが、カワサキもこれに近い仕組みを↓H2マッハ750エンジンのダートトラック・レーサーで試みている。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250114.jp...
ところが、後期76年型GT250はこの導風カバーが無くなり、後継のクラス最速を誇ったRG250(>>141)にもこのシステムが継承される事は無かった。
思うに、冷却の空気は導入し易いが、後方の排出口が小さい為に熱がこもりやすかった(=冷却効果が上がらない)のではなかったのかと思う。
(エンジンの後ろ側で空気の流速が速く負圧なら、熱の排出もスムーズに行っただろうが…)
因みに、兄貴分で3気筒のGT380の排気量が371ccと数字が中途半端なのは、この2気筒247ccのコンポーネンツを流用していた為。(247÷2×3≒371)
当時GTシリーズは特に380(サンパチ)や550(ゴンゴー)に人気があったのだが、後からGTの親玉として堂々登場した水冷2スト3気筒のGT750が
「重いし速くない」と悪評(付いたアダ名が「水牛」)で足を引っ張り、スズキのGTシリーズという名称はここで終了となってしまった。
1972年からラムエアシステムを搭載した中期型のGT250で、画像右上がラムエア無しだった初期型のエンジン。
ラムエアシステムとはエンジンヘッドに四角い導風カバーを設けた新趣向の冷却システムの事で、
スズキはこれを250、380、550で展開。消費者に技術的な優位性と高いパフォーマンスをアピールしていた。
(個人的にもホンダ4ストエンジンに対し、2ストが持つ外観的な見劣り感も大分無くなった感じを覚えてた)
余談だが、カワサキもこれに近い仕組みを↓H2マッハ750エンジンのダートトラック・レーサーで試みている。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250114.jp...
ところが、後期76年型GT250はこの導風カバーが無くなり、後継のクラス最速を誇ったRG250(>>141)にもこのシステムが継承される事は無かった。
思うに、冷却の空気は導入し易いが、後方の排出口が小さい為に熱がこもりやすかった(=冷却効果が上がらない)のではなかったのかと思う。
(エンジンの後ろ側で空気の流速が速く負圧なら、熱の排出もスムーズに行っただろうが…)
因みに、兄貴分で3気筒のGT380の排気量が371ccと数字が中途半端なのは、この2気筒247ccのコンポーネンツを流用していた為。(247÷2×3≒371)
当時GTシリーズは特に380(サンパチ)や550(ゴンゴー)に人気があったのだが、後からGTの親玉として堂々登場した水冷2スト3気筒のGT750が
「重いし速くない」と悪評(付いたアダ名が「水牛」)で足を引っ張り、スズキのGTシリーズという名称はここで終了となってしまった。
丸正自動車製造 ライラック UY2
>>102のV型2気筒と同じ丸正ライラックだが、こちらは少し世代が前で1957年発売のOHV単気筒。
ホンダドリームME(>>204)と同時期のモデルで、OHCのMEより非力な10.8馬力だったが、車重はそれよりは軽い154kgで最高速は110km/hだった。
シリンダー左横カバー内の機能は不明だが、大きなLマーク(Lilacの頭文字)が誇らしげで、オーナーによれば縦置きクランク独特の振動が楽しいそうだ。
尚、UY2は約5300台が生産されている。
因みに、丸正は1955年の「第1回浅間高原レース」にUY2の前身ライラックSYのレース仕様(SYZ)で出場し、ライト級の250クラスで見事優勝。
同じく出場していたホンダは大排気量の500と350クラスを制したものの、当時販売の主力で下馬評は高かったライト級の250と125で惨敗。
(125はオートバイ製造を始めたばかりのひよっ子ヤマハが1〜4位を独占)
めったにレース会場に顔を出さなかったと言われる本田宗一郎が、現地「浅間」で目にしたリザルトに激怒したという。
しかも丸正はホンダにとって弟子筋の会社なので、怒りの炎に油を注ぐものだったんだとか。
>>102のV型2気筒と同じ丸正ライラックだが、こちらは少し世代が前で1957年発売のOHV単気筒。
ホンダドリームME(>>204)と同時期のモデルで、OHCのMEより非力な10.8馬力だったが、車重はそれよりは軽い154kgで最高速は110km/hだった。
シリンダー左横カバー内の機能は不明だが、大きなLマーク(Lilacの頭文字)が誇らしげで、オーナーによれば縦置きクランク独特の振動が楽しいそうだ。
尚、UY2は約5300台が生産されている。
因みに、丸正は1955年の「第1回浅間高原レース」にUY2の前身ライラックSYのレース仕様(SYZ)で出場し、ライト級の250クラスで見事優勝。
同じく出場していたホンダは大排気量の500と350クラスを制したものの、当時販売の主力で下馬評は高かったライト級の250と125で惨敗。
(125はオートバイ製造を始めたばかりのひよっ子ヤマハが1〜4位を独占)
めったにレース会場に顔を出さなかったと言われる本田宗一郎が、現地「浅間」で目にしたリザルトに激怒したという。
しかも丸正はホンダにとって弟子筋の会社なので、怒りの炎に油を注ぐものだったんだとか。
Kawasaki GPz250 (画像の青車は輸出仕様のGPz305で、緑車は国内の250に輸出305cc用ピストンを組み込んだ物)
Z250FT(>>60)の後継機種で'83年に登場。エンジンはFTと基本同じ空冷4ストOHC2バルブの2気筒250ccながら
リアサスペンションをツインショックからモノショック式の「ユニトラック」に変更している。
デザインは兄貴分のGPz750、400の流れを汲んでいるが、先に出たVT250F(>>145)を強く意識してこちらはビキニカウルを装着。
さらに、女性ライダーの取り込みも成功したVTに対抗して採用された目玉の装備が「ベルトドライブ」。
機械知識を要しないメンテナンスフリー性を前面に出したものだが、国内250では唯一の「ベルトドライブ車」じゃなかろうか?
残念ながら、対抗心を燃やしたVTの様にヒットとならなかったのは皆さんがご存じの通り。
なお現オーナー氏によれば、「GPz250に乗ってる」と人に言うと「ああ、あの鳩サブレ(>>143)?」と間違われるのが、とても気に入らないらしい。
(今、ビキニカウルを外して新車で売ってればイイ線行きそうな感はあるが…)
因みに瑣末な話だが、後継の水冷化されたGPZ250R(>>143)の「Z」は大文字で、こちらのGPzは「z」と小文字で違うのは、
エンジンの冷却方式の変更(空冷→水冷)に伴って行われた表記変更による。
なので、兄貴分達も同じように水冷化でGPzからGPZに移行している。
Z250FT(>>60)の後継機種で'83年に登場。エンジンはFTと基本同じ空冷4ストOHC2バルブの2気筒250ccながら
リアサスペンションをツインショックからモノショック式の「ユニトラック」に変更している。
デザインは兄貴分のGPz750、400の流れを汲んでいるが、先に出たVT250F(>>145)を強く意識してこちらはビキニカウルを装着。
さらに、女性ライダーの取り込みも成功したVTに対抗して採用された目玉の装備が「ベルトドライブ」。
機械知識を要しないメンテナンスフリー性を前面に出したものだが、国内250では唯一の「ベルトドライブ車」じゃなかろうか?
残念ながら、対抗心を燃やしたVTの様にヒットとならなかったのは皆さんがご存じの通り。
なお現オーナー氏によれば、「GPz250に乗ってる」と人に言うと「ああ、あの鳩サブレ(>>143)?」と間違われるのが、とても気に入らないらしい。
(今、ビキニカウルを外して新車で売ってればイイ線行きそうな感はあるが…)
因みに瑣末な話だが、後継の水冷化されたGPZ250R(>>143)の「Z」は大文字で、こちらのGPzは「z」と小文字で違うのは、
エンジンの冷却方式の変更(空冷→水冷)に伴って行われた表記変更による。
なので、兄貴分達も同じように水冷化でGPzからGPZに移行している。
MZ ES 250/2 Trophy
MZは旧東ドイツのメーカーで、又の名は戦前に名乗っていたDKW。
あまりピンと来ない人も多いだろうが、日本にもゆかりのあるメーカーでDKW RT125はヤマハの記念すべき市販1号車YA-1のコピー元↓
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250116.jp...
本車ES 250/2トロフィーは、1970年頃の2スト単気筒250で最高出力は19馬力と平凡な性能だが、
何と言っても、タンクとつながったヘッドライトやフロントの大きなアップ・フェンダーなど
「醜いバイク」の一言で片づけるには惜しい「奇怪なデザイン」が非常にクールだと思う。
MZは旧東ドイツのメーカーで、又の名は戦前に名乗っていたDKW。
あまりピンと来ない人も多いだろうが、日本にもゆかりのあるメーカーでDKW RT125はヤマハの記念すべき市販1号車YA-1のコピー元↓
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250116.jp...
本車ES 250/2トロフィーは、1970年頃の2スト単気筒250で最高出力は19馬力と平凡な性能だが、
何と言っても、タンクとつながったヘッドライトやフロントの大きなアップ・フェンダーなど
「醜いバイク」の一言で片づけるには惜しい「奇怪なデザイン」が非常にクールだと思う。
Honda XLR250 Baja
「バハ」は'87年にXLR250Rに追加されたモデルで、大きな2灯ヘッドライトが最大特徴。
名前の「バハ」とは、「Baja1000」というレースから来ており、それはメキシコの太平洋側にあるカリフォルニア半島で行われ
1000マイル(約1600km)の未舗装路を↓こんな風にただひたすら走り抜けるというタイムアタック形式のオフロードのスプリントレース。
https://www.youtube.com/watch?v=L9lZdjor5c...
このレースが一般的なラリーとは違うところは、夜もレースが続いていることで(ていうかライダー交代はするが休憩は一切無し)、
画像右のホンダ・ファクトリーマシン(XR600R)の様に大光量のヘッドライトを夜になると取り付けて走ってたりする。
XLR250バハはこのレースマシンをイメージしたモデルなのだが、
(1)バハ1000のレーサーレプリカといった感じで冒険心がくすぐられる。
(2)スリムな車体に大きい丸目2灯はとてもアンバランスだが、それがマンガチックで非常に愛嬌がある。
(3)軽量化やデザインで光量が限られた普通のXLR250Rよりヘッドライトが明るくて実用的。
などの理由で、一時は本家XLR250Rを凌ぐほどの人気があった。
尚、XLR250はこの世代を最後に、レーサーと同じ名前で性能を先鋭化したXRを経てCRFシリーズに引き継がれたが、
XL系の最終に相応しい有終の美を飾ったオフ車という気がする。
(バハはXR系にも引き継がれ、もしかしたらCRF250ラリーは同じ系譜の子孫かも)
ところで、個人的にはパロディー版の↓これも好き
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/6...
「バハ」は'87年にXLR250Rに追加されたモデルで、大きな2灯ヘッドライトが最大特徴。
名前の「バハ」とは、「Baja1000」というレースから来ており、それはメキシコの太平洋側にあるカリフォルニア半島で行われ
1000マイル(約1600km)の未舗装路を↓こんな風にただひたすら走り抜けるというタイムアタック形式のオフロードのスプリントレース。
https://www.youtube.com/watch?v=L9lZdjor5c...
このレースが一般的なラリーとは違うところは、夜もレースが続いていることで(ていうかライダー交代はするが休憩は一切無し)、
画像右のホンダ・ファクトリーマシン(XR600R)の様に大光量のヘッドライトを夜になると取り付けて走ってたりする。
XLR250バハはこのレースマシンをイメージしたモデルなのだが、
(1)バハ1000のレーサーレプリカといった感じで冒険心がくすぐられる。
(2)スリムな車体に大きい丸目2灯はとてもアンバランスだが、それがマンガチックで非常に愛嬌がある。
(3)軽量化やデザインで光量が限られた普通のXLR250Rよりヘッドライトが明るくて実用的。
などの理由で、一時は本家XLR250Rを凌ぐほどの人気があった。
尚、XLR250はこの世代を最後に、レーサーと同じ名前で性能を先鋭化したXRを経てCRFシリーズに引き継がれたが、
XL系の最終に相応しい有終の美を飾ったオフ車という気がする。
(バハはXR系にも引き継がれ、もしかしたらCRF250ラリーは同じ系譜の子孫かも)
ところで、個人的にはパロディー版の↓これも好き
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1493534178/6...
Jawa 250 type353 & 553
ヤワ(ジャワではない)は>>211の東ドイツと同じ共産主義陣営に属していた旧チェコスロバキアにあったメーカーだが、
共産体制下という割には技術力が高く、レース活動も熱心で↓こんな日本製に劣らぬマシン(350cc2ストV4)でGP世界選手権などにも参戦していた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1424596824/2...
(昔のGPは国別対抗の色合いも濃かったし、東側陣営の各国がオリンピックに注力していたのと同様に国威発揚の狙いがあったのかも)
本車は1960年頃のベーシックな250cc車で、排気管が2本出ているが空冷2ストの単気筒で最高出力は12馬力程。
画像は353や553など異なるタイプが混在しているが、左上が基本となる市販車型(353)で、
大きい左下の横向きは、モトクロス競技用に改造され特製アルミシリンダー組み込んだマシン(553)。
右上はスウェーデン軍用に仕立てられたタイプ(553)で、北欧の降雪期運用のため車体の左右にスキーを装備している。
なお細かな部分だが、シリンダーの後ろでキャブをカバーしている部分が、シリンダーに連続する形で綺麗だし独特で面白いなと思う。
↓おまけ:この2スト単気筒エンジンを使ったボバーカスタム
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1442056632/20...
ヤワ(ジャワではない)は>>211の東ドイツと同じ共産主義陣営に属していた旧チェコスロバキアにあったメーカーだが、
共産体制下という割には技術力が高く、レース活動も熱心で↓こんな日本製に劣らぬマシン(350cc2ストV4)でGP世界選手権などにも参戦していた。
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1424596824/2...
(昔のGPは国別対抗の色合いも濃かったし、東側陣営の各国がオリンピックに注力していたのと同様に国威発揚の狙いがあったのかも)
本車は1960年頃のベーシックな250cc車で、排気管が2本出ているが空冷2ストの単気筒で最高出力は12馬力程。
画像は353や553など異なるタイプが混在しているが、左上が基本となる市販車型(353)で、
大きい左下の横向きは、モトクロス競技用に改造され特製アルミシリンダー組み込んだマシン(553)。
右上はスウェーデン軍用に仕立てられたタイプ(553)で、北欧の降雪期運用のため車体の左右にスキーを装備している。
なお細かな部分だが、シリンダーの後ろでキャブをカバーしている部分が、シリンダーに連続する形で綺麗だし独特で面白いなと思う。
↓おまけ:この2スト単気筒エンジンを使ったボバーカスタム
http://bbs45.meiwasuisan.com/bike/1442056632/20...
Kawasaki KT250
ホンダとヤマハがトライアルに参入すれば日本の四大メーカーのひとつカワサキも黙ってはいなかった。
1965,67,69年のトライアル世界チャンピオンであるドン・スミス(英)と1972年に契約してプロトタイプの開発に着手。
1974年、主に輸出用としてこの250ccタイプが発売された。(これは奇しくも>>89スズキRL250と同年)
日本の競技では、75年から国内4メーカーがトライアル車を揃え、
ホンダはTL、ヤマハTY、スズキRL、そしてカワサキKTによる四つ巴に。
カワサキでは山本隆、加藤文博がワークスライダーとして活躍し、当時国内で一番権威のある大会「関東トライアル」で
75年にKTを駆る加藤選手はチャンピオンになっている。
なお亀岡トライアルランドの代表である森氏によれば、
「当時はKTを乗りにくいと感じていたにもかかわらず、現在乗ってみると乗りやすいという不思議なバイク」との事。
(マシンの特性が当時の平均値より今日的だったりとか??)
またデザイン的には、燃料タンクがサイドカバーにくい込む様に組み合わさるという構成が本車特有なものという気がする。
2スト単気筒246ccで最高出力16ps、車重96kg、日本ではコンペ専用モデルとして販売され価格は29万5000円。(前年の500SSマッハIIIは32万円)
カワサキで唯一のトライアルモデルだが、販売は74年の1年限りと生産台数は極めて少なく、現存車はかなりのレア物件となっている。
(ネットで見かけた御一人は保安部品を後付けして趣味トライアルやプチツーを楽しまれていた)
ホンダとヤマハがトライアルに参入すれば日本の四大メーカーのひとつカワサキも黙ってはいなかった。
1965,67,69年のトライアル世界チャンピオンであるドン・スミス(英)と1972年に契約してプロトタイプの開発に着手。
1974年、主に輸出用としてこの250ccタイプが発売された。(これは奇しくも>>89スズキRL250と同年)
日本の競技では、75年から国内4メーカーがトライアル車を揃え、
ホンダはTL、ヤマハTY、スズキRL、そしてカワサキKTによる四つ巴に。
カワサキでは山本隆、加藤文博がワークスライダーとして活躍し、当時国内で一番権威のある大会「関東トライアル」で
75年にKTを駆る加藤選手はチャンピオンになっている。
なお亀岡トライアルランドの代表である森氏によれば、
「当時はKTを乗りにくいと感じていたにもかかわらず、現在乗ってみると乗りやすいという不思議なバイク」との事。
(マシンの特性が当時の平均値より今日的だったりとか??)
またデザイン的には、燃料タンクがサイドカバーにくい込む様に組み合わさるという構成が本車特有なものという気がする。
2スト単気筒246ccで最高出力16ps、車重96kg、日本ではコンペ専用モデルとして販売され価格は29万5000円。(前年の500SSマッハIIIは32万円)
カワサキで唯一のトライアルモデルだが、販売は74年の1年限りと生産台数は極めて少なく、現存車はかなりのレア物件となっている。
(ネットで見かけた御一人は保安部品を後付けして趣味トライアルやプチツーを楽しまれていた)
Laverda LH4 250
今はピアッジオグループの一員としてブランドだけが残っているイタリアのラベルダ。
そのラベルダの最初のオフローダーは Chott という250ccだが、
これは、その後継として1977〜80年頃に作られたモデル。
ラベルダでは珍しい2スト単気筒のエンジンはハスクバーナ製で、正確なところは判らないが、
年代の近い上の軍用バイクとシリンダーやピストンなどが共通なのではないかと。
(上とは異なり、こちらは当然マニュアルトランスミッションで6速)
245cc 最高出力 29hp/7600rpm, 車重140kg, 最高速度140km/h
今はオレンジのバイクと言えばKTMだが、
今後、同じコーポレートカラーだったラベルダの復活(新製品の発表)はあるのだろうか。
今はピアッジオグループの一員としてブランドだけが残っているイタリアのラベルダ。
そのラベルダの最初のオフローダーは Chott という250ccだが、
これは、その後継として1977〜80年頃に作られたモデル。
ラベルダでは珍しい2スト単気筒のエンジンはハスクバーナ製で、正確なところは判らないが、
年代の近い上の軍用バイクとシリンダーやピストンなどが共通なのではないかと。
(上とは異なり、こちらは当然マニュアルトランスミッションで6速)
245cc 最高出力 29hp/7600rpm, 車重140kg, 最高速度140km/h
今はオレンジのバイクと言えばKTMだが、
今後、同じコーポレートカラーだったラベルダの復活(新製品の発表)はあるのだろうか。
Moto Guzzi 254
モトグッチで並列4気筒は珍しいが、実際には>>161ベネリ・クアトロの↓初期型との双子(OEM)車。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250148.jp...
(バリオスIIとGSX250FXの関係と同じで、ほぼ色やバッジが違うだけ)
イタリアで250以下は税制上の利点があった事から、ベネリが125ツインをベースに開発した4発エンジンで
「254」なる名称だが、実際は 231ccであり 最高出力27.8psを発生。
燃料タンクを含め樹脂化率を高めた事などで、117kgと軽量な車体(乾燥重量?)を最高速150km/hまで引っ張ったらしいが、
弱点はそのタンク容量が8.5Lしかなかった事だとか。
(メーターも相当見にくいと思うけれど…)
1985年のミラノショーで発表され、本モトグッチ版は'81年で生産を終了している。
(ベネリ版は>>161へモデルチェンジして'84まで延命、305ccタイプも追加されていた)
モトグッチで並列4気筒は珍しいが、実際には>>161ベネリ・クアトロの↓初期型との双子(OEM)車。
http://bbs77.meiwasuisan.com/img/thought/13739629250148.jp...
(バリオスIIとGSX250FXの関係と同じで、ほぼ色やバッジが違うだけ)
イタリアで250以下は税制上の利点があった事から、ベネリが125ツインをベースに開発した4発エンジンで
「254」なる名称だが、実際は 231ccであり 最高出力27.8psを発生。
燃料タンクを含め樹脂化率を高めた事などで、117kgと軽量な車体(乾燥重量?)を最高速150km/hまで引っ張ったらしいが、
弱点はそのタンク容量が8.5Lしかなかった事だとか。
(メーターも相当見にくいと思うけれど…)
1985年のミラノショーで発表され、本モトグッチ版は'81年で生産を終了している。
(ベネリ版は>>161へモデルチェンジして'84まで延命、305ccタイプも追加されていた)
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